2007年は米アップルが「iPhone」,米グーグルが「Android」を世に出し,携帯電話上のサービスを取り込む動きを見せてきた。両社に共通するのは,携帯電話会社の収益の源泉であった垂直統合のビジネスモデルを崩す動きであることだ。これに対して“遅れてきた大物”ヤフーは,携帯電話会社のビジネスモデルを崩さないサービスを投入してきた。今後,携帯電話業界とインターネット業界はどのように融合していくのか,アップル/グーグルとヤフーの対比は興味深い。

(日経コミュニケーション)

 米国インターネット・ポータル大手のヤフーは2008年2月,スペインで開催された「Mobile World Congress 2008」の講演の中で,ドイツの大手携帯電話事業者T-モバイルと提携し,モバイル端末向け検索サービス「oneSearch」(ワンサーチ)を欧州11カ国で提供すると発表した。併せてユーザーが利用する複数のコンタクト先情報を一つのWebページで管理できる「oneConnect」(ワンコネクト)の導入も発表した。なお2008年4月には「oneSearch 2.0」の導入が発表されている。

 これら二つはヤフーによる移動通信市場向けの積極的な取り組みの一端を表す動きと言える。携帯電話業界から見れば,既存のビジネスと共存しやすいだろう。

収益は提携する通信事業者との広告料収入シェア

 oneSearchは,キーワードで検索した結果を単に羅列するのではなく,情報を整理して表示することで,携帯電話ユーザーが目的のコンテンツに早くたどり着けるよう利便性を向上させた検索サービスである。ヤフーは2007年からフィリピンのグローブテレコム,インドのイデアセルラー,韓国のLGテレコム,スペインのテレフォニカなどと提携。oneSearchが各事業者の公式ポータルで採用されている。このoneSearchを,欧州のT-モバイル(11カ国が対象)の加入者向けに2008年3月末から提供するとヤフーは発表した。

 今回の提携では,oneSearchがT-モバイル公式サイト内の専用(exclusive)ないしは優先的(preferred)な検索機能として位置付けられるという。なおoneSearchはパソコン上でデモ体験が可能である。

 oneConnectは,携帯電話のユーザーが,Yahoo!以外のSNS(social networking service)や電子メール,SMS(short messaging service)などをYahoo!のWebページ上で一元的に管理できるツールである。例えば利用者のステータス(「10m以内にいる」「買い物中」など,いまどのような状態にあるのか)を一覧表示する際に,いくつもの異なるIM(インスタント・メッセージ)やSNSから情報を自動的に収集できる。ウィジェットとして他社のアプリケーションを呼び込むなどの要素も含まれている。

 oneSearchとoneConnectによるヤフーの収益モデルは,得られた広告収入を提携した通信事業者とシェアすることである。通信事業者にとっては,ヤフーからの広告収入のシェアで収益向上が見込める。自社公式ポータルを軸にしたモバイル・インターネット市場の開拓・成長にこだわらないのであれば,そのためのリスクも回避でき,悪い話ではないと考える通信事業者は少なくないはずだ。

ヤフーもモバイル業界を揺さぶるのか

 こうした動きについてヤフーの狙いは,ユーザーに最初にアクセスしてもらえるポータルになることにある,という見方がある。確かに,ポータル事業者としては自然な考え方だろう。しかし,ヤフーのライバルに当たる企業は異なる方法でモバイル業界へアプローチしてきた。

 2007年の携帯電話業界はアップルの「iPhone」に始まりグーグルの「Android」に終わったかの印象があるほど,この2社が与えた印象は強烈であった。携帯端末向けOS「Windows Mobile」でこの分野に参入していたマイクロソフトも,スマートフォンの普及が徐々に進むにつれて,その存在感を増してきた。ヤフーと同様にインターネット業界の有名企業である彼らが,昨今の携帯電話業界をかき回していると言ってよいだろう。

 モバイル業界にとって,アップルやグーグルは業界の外から参入してきた大物企業として映ったことだろう。では,彼らと同じくインターネットの世界に君臨する大物企業であるヤフーも,モバイル業界を揺さぶるような存在として映るのだろうか。

移動通信事業者と共存しやすいヤフーの動き

 モバイル・データ通信市場を育てている移動通信事業者の多くは,これまで垂直統合的なアプローチを志向してきた。アップルやグーグルといった複数のレイヤーを統合しようとする「タテ」の動きは,こうした通信事業者の動きと似ているため,競合する点が多い。通信事業者が収穫前の果実を奪われかねないという不安を抱いたとしても仕方がない。

 グーグルは米国の700MHz帯周波数を巡るオークションで米ベライゾン・ワイヤレスやAT&Tを振り回した。通信業界の巨人であるフィンランドのノキアも「Ovi」(オビ)でコンテンツ領域への取り組みを強化している。これらはいずれもタテの動きである。

 では,今回のヤフーの動きはどうだろう。oneSearchは,ポータル事業者による通信事業者との提携であり「ヨコ」への動きと言えよう。通信事業者の既存のビジネスモデルを崩すタテの動きではない。

 一方のoneConnectは「タテ」の動きと言える。他社コンテンツをウィジェットで呼び込む点で,移動通信事業者の公式コンテンツとの競合を招く可能性はある。とはいえ,移動通信事業者が公式ポータル内にoneConnectを採用すれば,ユーザーを自社網にとどめておく効果を期待できる。ともに,移動通信事業者にとっては共存しやすい機能であるといえそうだ。

 2007年に携帯電話業界で起こった「タテ」への動きが,今後成功すると決まったわけではない。だが,欧米の携帯電話事業者が,違う業界のプレイヤーからのプレッシャーを受けることは確実だ。ヤフーの動きは既存のビジネスモデルを崩さないことから,移動通信事業者にとっては友好的な共存がしやすいと思われる。

岸田 重行(きしだ しげゆき)
情報通信総合研究所 主任研究員
1990年NTT入社。1997年より現職。国内外の携帯電話市場に関して,広く調査研究を行っている。特に非音声系サービスに関してはiモード以前の海外におけるモバイル・データ・サービスの研究にさかのぼる。「情報通信アウトルック2007」(情報通信総合研究所編,共著)など。


  • この記事は情報通信総合研究所が発行するニュース・レター「Infocom移動・パーソナル通信ニューズレター」の記事を抜粋したものです。
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