ソフト開発もハードの調達もシステム運用も一切必要ない。すべてはインターネットという“雲”にアクセスするだけ―。コンシューマ市場では当たり前になった「クラウド・コンピューティング」が、企業システムにも迫ってきた。提唱者の米グーグルに加え、米IBMや米セールスフォースなどが、その重要性を強調し始めた。

 「IBMは顧客のデータセンターのダイナミックな変更を支援する。そのために必要になるのが、クラウド・コンピューティングだ」。米IBMのシニア・バイス・プレジデントでIBMシステムズ&テクノロジー・グループを率いるビル・ザイトラー グループ・エグゼクティブはこう語る。

 IBMは今年に入って、クラウド・コンピューティングをキーワードに、相次いで新事業を展開している。2月1日に中国・無錫にクラウド・コンピューティングの基盤となるデータセンター「China Cloud Computing Center」の設立を発表。2月5日には、米サン・マイクロシステムズや独SAPなど13団体と共同でクラウド・コンピューティングの研究プロジェクト「RESERVOIR」を発足した。

 2月26日には、クラウド・コンピューティングのコンセプトを日本で披露。その場で「当社はクラウド・コンピューティングに真剣に取り組んでいる。毎月、何らかの発表をしているほどだ」とIBMソフトウェア・グループ ハイ・パフォーマンス・オンデマンド・ソリューションズ担当ストラテジー・バイス・プレジデントのウィリー・チゥ氏は話した。

 SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・アサービス)大手の米セールスフォース・ドットコム(SFDC)もクラウド・コンピューティングに力を入れる。1月17日に「Force.com Cloud Computing Architecture(CCA)」を発表。「Force.com CCAだけではなく、当社の提供するサービスは、すべてクラウド・コンピューティングだ」と日本法人の及川喜之CTO(最高技術責任者)は強調する。

Web2.0をエンタープライズへ

 IBMとSFDCだけではない。米グーグル、米マイクロソフト、米デル、米アマゾン・ドットコムなどは一様に、自社の事業における次の方向性を示すキーワードとしてクラウド・コンピューティングを挙げる。事業領域が違う企業が、クラウド・コンピューティングという考えの下、同じ方向に進み始めたと言える。

 各社が進めるクラウド・コンピューティングの定義は異なるが、共通点は企業ITに必要なシステム資源をネット・サービスとして提供することである。ここでいうシステム資源は、ハード、ミドルウエア、業務アプリケーション、開発環境、オフィス・ソフト、そして人の知識・知恵など幅広い(図1)。

図1●クラウド・コンピューティングでは、企業システムを構成するあらゆる要素をインターネットの“向こう側”に置き、ユーザーはそれらをサービスとして活用する
図1●クラウド・コンピューティングでは、企業システムを構成するあらゆる要素をインターネットの“向こう側”に置き、ユーザーはそれらをサービスとして活用する

 グーグルやアマゾン・ドットコムといったコンシューマ市場で成功を収めたWeb2.0企業は、そのビジネス・モデルをエンタープライズ向けに展開しようとしている。SFDCのようなSaaS事業者は、アプリケーションだけでなく、ハードや開発環境も含めたプラットフォームのサービス提供を開始した。IBMやSAPのように、企業システムに軸足を置いていた企業は逆に、Web 2.0的な発想を自社のビジネス・モデルに取り入れようとしている(図2)。

図2●思惑の異なる複数のITベンダーが、クラウド・コンピューティングを志向し始めた
図2●思惑の異なる複数のITベンダーが、クラウド・コンピューティングを志向し始めた

 そもそも「クラウド・コンピューティング」は、グーグルのエリック・シュミットCEO(最高経営責任者)が提唱した言葉だ。シュミット氏が講演や論文などで利用したことをきっかけに、昨年後半ごろからIT業界全体に広がり始めた。

 グーグルはコンシューマ市場向けにメール・ソフトやオフィス・ソフトをインターネット上で利用可能にするサービスを展開。Webブラウザさえあれば、場所や端末が変わっても同じ環境を維持できるといったメリットから、ユーザーを増やしている。

 グーグルはこうしたコンシューマ市場向けのサービスで示した方向性をクラウド・コンピューティングと呼び、そのモデルをエンタープライズ分野にも拡大しようとしている。

 「コンシューマ市場向けサービスのほうが、エンタープライズ向けよりも技術的に先行している。膨大な数のユーザーの声を素早く反映して磨き上げているためだ。当社のサービスはエンタープライズ分野でそのまま通用する」と、グーグルの大須賀利一エンタープライズ セールス マネージャーは語る。

 アマゾンは自社のプラットフォーム資産を開放したストレージ・サービス「Amazon S3」を展開している。現在はブログなどの用途で個人が利用するケースが多い。だが用途を個人に限っているわけではなく、すでに企業ユーザーも利用している。グーグル同様、コンシューマ向けビジネス・モデルを企業向けに拡大しつつあるわけだ。

 一方、もともとSaaS事業者としてCRM(顧客情報管理)の企業向けアプリケーションを提供していたSFDCは、ミドルウエア、開発環境といったプラットフォームの領域へ、サービスの提供範囲を広げている。

 「企業向けシステムの構築に必要な資源をすべてオンデマンド型で提供することを目指している」とSFDC日本法人の及川CTOは語る。「当社はクラウド・コンピューティングという言葉が登場する前から、企業システムに必要な資源すべてをインターネット経由で提供しようと考えていた。当社の取り組みのすべてはその考え方に基づいている」(同)。