和装ですごした時代のお出かけには,女も男も胸元と腰元,あるいは袖が小物入れだった。男には「袂落とし」という見えないポケットのような粋な袋があり,女はハコセコという美しい化粧品入れを胸元に差した。

 電車の中で携帯電話でメールを打っていた和装の女性は,作業の後で帯の間に差しいれた。帯からストラップの装飾がさがり、江戸情緒が彼女のまわりに香りたった。ハイテクと和装,そのコントラストゆえか,これほど携帯電話の優雅な姿をみたことがない。

 若い女性の手にあった携帯電話の蓋は輝く宝石できらめいていた。自分でガラスと金属の石を黒の蓋に貼りめぐらした,という。彼女自身のラメ入りセーターにピッタリのデザインだ。

 江戸の小物ほど粋な携帯電話のデザインも,ファッションごとに変化するデザインもまだない。

 身体の一部になってしまった機器のデザインとは,どれだけ使う側に外装をまかせられるか,を最優先する作業かもしれない。