シン・クライアント導入の大きな壁は,初期導入コストが一般にパソコンを使うシステムに比べて高いことだ。前回までに紹介した方式によって異なるが,サーバー側の設備や管理用ソフトウエアなどが追加で必要になるため,通常のパソコンを購入する場合と比べて,多い場合で2倍程度コストがかかることもある。数百台規模のシステムで数億円のオーダーになることも珍しくない。システムの導入に当たっては,パソコンを専用端末に一新する場合もあり,それに伴う初期コストの高さも障壁になっている。

 初期コストが跳ね上がることに対して,ベンダー側は以前から「シン・クライアントはパソコンと比べて運用管理費を抑えられる」という導入後のコスト削減効果をアピール。初期コストの高さを相殺できるとしていた。

 これまでその効果を実感できるケースは少なかったが,数年にわたってシン・クライアントを運用するユーザー企業の実績から,実際のコスト削減効果が見えてきた。

シン・クライアントは驚くほど故障しない

 約2年にわたってシン・クライアントを使い続けてきたオーエムシーカードの中山部長は,「シン・クライアントはHDDを内部に持たないため,びっくりするほど故障しない」と語る。パソコンよりも故障が少ないということは,故障時の対応が減るため,明らかに運用・管理コストの削減という効果が得られることになる。

「オーエムシーカード」故障が少ないため管理コストが減る

 その半面,サーバー側のバックアップ体制には気を使っている。サーバーが落ちれば端末はただの“箱”になってしまい,ユーザーは何もできなくなるからだ。

 オーエムシーカードの中山部長は「実は一度サーバーが止まったことがある」と語る。その影響の大きさを痛感したことから,現在はサーバーを冗長化し,データをミラーリングして運用しているという。冗長化に伴うコストアップもシン・クライアントを導入するための“必要経費”という認識だ。

5年間の運用管理費込みでパソコンと逆転

 市内の小中学校13校の教職員向けに画面転送型のシン・クライアントを約350台導入した茅野市役所は,運用管理費を含めたコストをパソコンと比較した結果,シン・クライアントが安くなるとの結論を得て,導入を決断した(図3)。

図3●茅野市は5年間の運用コストを含めるとシン・クライアントが安くなると試算
図3●茅野市は5年間の運用コストを含めるとシン・クライアントが安くなると試算
初期コストはシン・クライアントの方が高くなるが運用コストは削減可能と試算した。5年スパンで見るとシン・クライアントの方が安くなるため導入を決めた。
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 「通常のパソコンを導入する場合と比較して,年間0.8倍ほど運用管理コストが抑えられると試算している。5年間運用を続ければシン・クライアントの方がパソコンよりも安くなる」と茅野市役所企画総務部地域情報推進課の田中裕之氏は説明する。

「芽野市役所」運用コストを勘案すればPCより安い

 試算の根拠は,サーバー側でOSやアプリケーションを一元管理するため,故障や不具合の現地対応の手間を大幅に減らせること。HDDに代表されるモーター類を使う稼働部品をほとんど内蔵しないシン・クライアント端末は,パソコンよりも故障率が格段に低い。また通常のパソコンでは個別に必要な,OSのアップデートやセキュリティ対策ソフトなどのパッチ更新も一括で対応できる。

 これに加えてシン・クライアントは,パソコンでは実現できない効果をもたらす。茅野市ではシン・クライアントの導入によって,自宅に仕事を持ち帰ることが多い教員に対して,セキュリティを確保した上でどこからでも仕事をできる環境を整えた。田中氏は「パソコンとはそもそも違うシステム。このような使い方はシン・クライアントでないと実現できなかった」と語る。

1台3万円のシン・クライアント登場

 導入後のコスト削減効果だけでなく,企業にとって導入の最初の壁となる初期コストもここにきて下がる傾向にある。

 高岳製作所の関連会社であるミントウェーブは,約3万円のシン・クライアントを2007年12月に発表し,2008年2月下旬から販売を開始した。さらに日本HPは,2008年1月31日に約3万円のシン・クライアント端末を発売(写真2)。ブレードPCの価格も従来より約40%下げた。ハードウエア部分のコストは,通常のパソコンに近付いてきたと言える。

写真2●約3万円のシン・クライアント端末が登場
写真2●約3万円のシン・クライアント端末が登場
日本HPは1月に約3万円(モニターは除く)のシン・クライアント端末を発表した。

 日本HPパーソナルシステムズ事業統括マーケティング統括本部の松本光吉統括本部長は「シン・クライアント導入の障壁はなくなりつつ有る」と語る。

 NECの石垣博崇クライアント・サーバ販売推進本部長代理シンクライアント推進センター長も「仮想PC型はサーバーのスペックが向上すればするほどサーバー1台当たりの集約数を増やせる。クアッドコア搭載のサーバーが増え,価格対性能比は今後も上がっていくため,シン・クライアント導入の初期コストは確実に下がっていく」という。