今回は,地震を想定した三つのパターンで検証した(図1)。薄いカーペットが敷きつめられた一般的なオフィスの床の上に,停止しているむき出し状態のHDDを高さ100cmから落とした(実験E)。また,衝撃のレベルを変えて,高さ50cmからもHDDを落下させてみた(実験F)。

図1●HDDを落下させる実験の条件
図1●HDDを落下させる実験の条件

 実験条件は,棚の上に固定せず設置していたサーバーが地震で落下したケースを想定している。一般に,HDDはサーバーやNAS(Network Attached Storage)の筐体内に装着されており,むき出しの状態で落下することはない。むき出しの状態で100cmの高さから落下したHDDが受ける衝撃は,サーバーの筐体内に装着したHDDが受ける衝撃に換算した場合,「少なく見積もっても約2倍の200cmの高さから落下した場合に相当する」(検証を担当したアドバンスドテクノロジーの金田龍介氏)という。

 (E)と(F)は電源を落とした状態であるが,稼働中に被災することもあり得る。そこでHDDに電源ケーブルを接続しプラッタが回転した状態で高さ50cmから落下させる実験も実施した(実験G)。ディスク・アクセスが発生している瞬間に地震が起きたケースを想定している。条件をそろえるために,IDEケーブルや電源ケーブルを装着するコネクタ接続部がすべて上側になるようにして落とした。

 結果は,(E)(F)(G)の3パターンとも,すべてのデータを復旧することができた(表1)。ただし,(E)(F)が約1日の作業でファイルが復旧できたのに対し,(G)のデータを復旧するのに丸3日かかっている。壊れ方のレベルが全く違うため,作業時間に大きな差が出た。以下,(E)(F)(G)の検証結果を具体的に説明する。

表1●落下したHDDから復旧できたファイルおよび作業内容
表1●落下したHDDから復旧できたファイルおよび作業内容

(E):軸受けと磁気ヘッドが破損

 まず(E)では,すべてのファイルを復旧できた。カバーを外してみると,落下の衝撃でプラッタの回転軸を支える軸受けが損傷していることが判明した。床面に衝突した際,磁気ヘッドが大きく振られたことで,ヘッドを支えるアーム部も歪んでしまった。プラッタ自体には異常は見られなかった。

 この程度の損傷なら,磁気ヘッドと軸受けを新品に交換すればよい。その上で,磁気ヘッドの位置情報を補正すると,データを復旧できた。制御基盤は損傷していなかったのでそのまま流用できた。復旧作業にかかった時間は約1日である。

 地震に被災した現場を取材すると,「揺れでサーバーが倒れたが,立てて電源を入れたら問題なく動いた」という話はよく聞く。しかし,この検証からは,そういう場合であっても注意が必要であることが分かる。

 気をつけたいのは,軸受けの損傷である。軸受けが損傷した状態でHDDの電源を入れると「プラッタが回転する際にブルブル振動する。磁気ヘッドが滑走を始めると,振動するプラッタに磁気ヘッドがぶつかりプラッタ表面を傷つけてしまう」(金田氏)のである。HDDから振動音が聞こえたら,直ちに電源を落とすのが無難である。

(F):落下の衝撃で軸受けのみ損傷

 高さ50cmから落下させた(F)でも,全4475個(768Mバイト)のファイルを復旧できた。カバーを外すと,(E)と同様に落下の衝撃で軸受けが損傷していた。一方,磁気ヘッドは損傷しておらず所定の位置に格納されていた。プラッタも損傷を受けていなかった。

 この程度の損傷なら,復旧の主な作業は,軸受けの交換と磁気ヘッドの位置情報の補正で済む。復旧作業にかかった時間は約1日である。(E)と(F)の作業の違いは,磁気ヘッドの損傷の有無によるものである。

 衝撃の度合いにより,磁気ヘッドが受ける影響が変わる。(E)では磁気ヘッド自体が損傷したが,磁気ヘッド自体が無事でも「格納されていた磁気ヘッドが飛び出してプラッタ表面を傷つけたり,表面にピッタリと吸着して離れなくなったりすることがある」(金田氏)という。磁気ヘッドがプラッタ表面に張り付いた状態で回転させると,プラッタを傷つけてしまう。たとえ衝撃では無事だったプラッタも,この段階で損傷する危険があるわけだ。本実験では,そうした状況にならなかったが,HDDを落下させる向きが違うなど条件が異なれば,プラッタ表面に磁気ヘッドが吸着してしまう事態は起こり得ただろう。

 軸受けや磁気ヘッドの損傷度合いは,HDDを外から眺めただけでは判断がつかない。音で判断するか,HDDに激しい衝撃が加わった場合は不用意に電源を投入せず,そのまま専門会社に持ち込むことも検討したい。

(G):プラッタ表面に円形の傷跡

図2●実験GのHDDの状態
図2●実験GのHDDの状態

 電源を入れてプラッタが回転した状態で落下した(G)でも,すべてのファイルを復旧できた。データの復旧率は(E)(F)と同じ100%だが,HDD内部の状況は全く異なる。

 カバーを外したところ,プラッタの表面に引っ掻いたような円形の跡が付いていた(図2)。これは(E)(F)では見られなかったものだ。床面に落下させた衝撃で,回転しているプラッタ上に磁気ヘッドが当たり,表面に傷をつけたのである。

 今回の実験では,データが記録されているプラッタ上の領域と,傷が付いた領域が偶然重ならなかったため,すべてのファイルを復旧できた。しかし「もし,データが記録されている領域上に深い傷が付いていたなら,相当数のファイルが消失することになっただろう」(金田氏)。

 それでも(G)の復旧作業は困難を極めた。作業中に磁気ヘッドが繰り返し破損してしまうのである。検証に利用した米Seagate Technology製のHDDの場合,磁気ヘッドは初期状態でプラッタの内周部に退避している。HDDの電源を入れてデータの読み出しを開始すると,プラッタの中心から外側に向けて磁気ヘッドが滑走する。傷の上部に磁気ヘッドが来ると,その凹凸に引っかかってしまうのだ。

 ここから先は,HDDとの根くらべとなる。新品の磁気ヘッドを装着してヘッドの位置情報を補正する。プラッタ上を滑走させ,凹凸をまたぐ際に磁気ヘッドが破損したら再度交換してヘッドの位置を補正する。磁気ヘッドが凹凸をすり抜けてデータを読み取れるまで,この作業を延々と繰り返す。すべてのデータを復旧するのに丸3日を費やした。

 この検証から,プラッタ表面に傷が付くと,データの復旧作業が長引いてしまうことが分かる。プラッタに傷を付けないためには,(E)や(F)の状態であっても,不用意に電源を投入しないことが重要である。