FTTHでNTT東西地域会社に対抗する手段として,KDDIやソフトバンクが主張していたのが1分岐単位の貸し出しである。ソフトバンクは独自の試算により,現在月額8216円かかっている1ユーザー当たりのコストを月額617円に抑えられると主張する。月額617円の妥当性はともかく,1分岐単位の貸し出し形態に変更すれば接続料を確実に安くできる。
光配線区画が狭くて効率が悪い
貸し出し形態で議論となっていたNTT東西の加入者系光ファイバ「シェアドアクセス」では,1心の光ファイバを局内スプリッタで4分岐,局外スプリッタで8分岐する仕組みを採っている(図1)。問題は,局内スプリッタと局外スプリッタをつなぐ「光信号主端末回線」の部分。この接続料は,NTT東日本の場合で1回線当たり月額5020円。これは同じ局外スプリッタの配下に収容しているユーザー数に関係なく一定で,多くのユーザーを収容するほどコストを抑えられる。
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図1●NTT東西のシェアドアクセスの仕組み 1心の光ファイバを局内スプリッタで4分岐,局外スプリッタで8分岐することで,最大32ユーザーを収容できる。ただし,局外スプリッタがカバーするエリアが狭く,「実際は1分岐しか利用しないので効率が悪い」と他事業者から不満が出ている。料金はNTT東日本の例。 [画像のクリックで拡大表示] |
しかし,他事業者からは「実際には1分岐しか利用しないことが多いので効率が悪い」と不満が出ている。局外スプリッタがカバーするエリア(光配線区画)が狭いのが原因だ。NTT東西によると「一つの局外スプリッタがカバーする世帯数の平均データはないが,メタル回線に置き換えると,NTT東日本で約59世帯,NTT西日本エリアで約35世帯になる」という。
他事業者がこの光配線区画で複数ユーザーを獲得するのは容易ではない。「広告を打ってもまばらにユーザーが集まるだけ。エリア内のすべてのユーザーがFTTHを利用するわけではなく,既にNTT東西のサービスに加入していることも多い」(KDDI 渉外・広報本部渉外部企画グループリーダーの岸田隆司担当部長)。
そこでKDDIやソフトバンクは,「NTT東西と設備を共用して1分岐単位の料金で貸してほしい」と要望したわけだ。そうすれば設備を共用した事業者間で光信号主端末回線や局内装置の接続料を案分できるので,1ユーザー当たりのコストを確実に低減できる。
NTT東西への1分岐貸しの強要は難しい
しかし,NTT東西はこれに反論。設備を共用して1分岐貸しを導入すると,新サービスの提供やサービス品質に支障が出るとしてかたくなに拒否していた(図2)。2007年11月にはNTT東日本が異例の会見を開き,「光ファイバは設備事業者の生命線。我々にとって最大のサービスで,唯一の差別化材料でもある。1分岐貸しは全く受け入れられない」(渡邊大樹・取締役経営企画部長)とわざわざ主張したほどだ。
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図2●設備の共用による1分岐貸しは議論が難航 NTT東西は新サービスの提供やサービス品質に支障が出るとして反対していた。ソフトバンクなどはこれに対して反論するも,議論は平行線をたどるばかり。双方の言い分にはそれぞれ一理あり,落とし所が見つからない状況だった。 [画像のクリックで拡大表示] |
1分岐貸しには,NTT東西と設備競争を展開する電力系事業者やCATV事業者も反対する。1分岐貸しが実現して他の事業者がNTT東西の光ファイバを借りやすくなれば,安価なFTTHサービスが増える。「対抗値下げの余力はなく,早晩市場退出を余儀なくされる」と危機感を抱く。
接続委員会の議論でも「設備の共用は困難」とする雰囲気が強まっていった。「4分岐×8分岐という現行の設備がいつまでも続くとは思えない。NTT東西が設備を変更しにくくなるのは問題」「NTT東西の将来を制約することにならないか」「NTT東西の経営の自由を奪ってまで強要するのは難しいのではないか」など,難色を示す意見が出ていた。
実際,1分岐貸しの導入に対しては,将来の光アクセス技術の発展と,それに伴う新サービスの登場を阻害するとの意見がある。
NTT東西はFTTHのサービス開始から6年間で分岐方式を4回(計7種類)変更してきた。現在は「GE-PON」と呼ぶ方式だが,将来は10Gビット/秒超の高速化を実現する「WDM-PON」への移行が予想される。さらに今後は映像系サービスの拡充で局内や宅内装置の変更が生じる可能性が高い。FTTHの普及促進時期に,設備共用による1分岐貸しという“足かせ”をNTT東西にかけると,最新技術の導入が遅れるとの懸念がある。
有力候補の専有型は料金水準の設定に課題
接続委員会の議論では,同じ「1分岐貸し」でも別の実現方式が有力と見られていた。設備の共用が問題であれば,設備を専有する現状の方式のままで1分岐単位の接続料を設定するというものだ。8分岐分をまとめて借りる点は現在と同じだが,実際に使用している分岐数分だけの接続料を払う(専有型)。
NTT東西はこれについても「収容効率の低い事業者ほど(他ユーザーと回線を共有しない分)品質の良いサービスを提供できることになるので,設備を効率的に利用するインセンティブが働かなくなる」として反論していた。ただ,総務省がこの意見をくみ取った折衷案を出したことで有力候補となっていた。
その折衷案は,他事業者に設備の効率的な利用を促すため,1分岐目の料金を高めに設定するというもの(図3)。2分岐目以降は(1)残りの額を均等割りにする,または(2)利用数に応じて傾斜配分する。多くのユーザーを収容するほど1ユーザー当たりのコストが低くなるので,設備を効率的に利用するインセンティブが働く。接続委員会の議論でも「よく工夫してある」と評価が高かった。
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図3●有力候補と見られていた総務省の折衷案 各社が設備を専有する形で,接続料を1分岐単位で設定する。ただし,現行の接続料を単純に8分岐で割ると,他事業者が設備を効率的に利用するインセンティブが働かなくなる。そこで,総務省は1分岐目の料金は高くすることを提案していた。 [画像のクリックで拡大表示] |
問題は,基本料をどの水準に設定するか。基本料を低くすると設備を効率的に利用するインセンティブが働かなくなるだけでなく,前述と同様の理由から電力系事業者やCATV事業者の反発が高まる。一方,基本料を高くしてしまうと,当初の目的である「接続料の低廉化による競争の促進」が機能しなくなる。とはいえ中間をとっても,NTT東西,KDDIやソフトバンク,電力系事業者,CATV事業者の全プレーヤーに不満が残るだけである。