「中国は炭素繊維を造りたくて造りたくてしょうがないんですね。炭素繊維は航空・宇宙分野や軍事面でも重要な素材ですから。もう20年~30年は開発を続けているんですが,小規模なパイロットプラントではできても,何十トンという量産規模ではいまだにできていないんです」。

 日経ものづくり4月号の特集「炭素繊維を使いませんか。」の取材で,ある炭素繊維メーカーの事業責任者はこう語った。この特集で明らかにしているように,炭素繊維は究極的な軽量化材料であるにもかかわらず,今まではコスト面で折り合わずになかなか用途が広がらなかった。これがこのところの環境問題や資源問題の深刻化で,費用対効果が急上昇してきたのである。この期待の星である炭素繊維で,日本メーカーはダントツのシェアを誇っている。

 決して他国の企業が炭素繊維の製造に興味がなかったわけではない。1970年代から80年代にかけて,欧米メーカーが続々と参入してきた。一時はPAN系(注)だけでも世界で15社がひしめいていたこともある。これが,90年代に入ると次々に撤退したり事業規模を縮小したりして,主要な炭素繊維メーカーは,日本の東レ,東邦テナックス,三菱レイヨンの日本勢3社と台湾の台湾プラスチックスの4社になった。

(注)PAN系炭素繊維 PAN(ポリアクリロニトリル)繊維を高温で炭化して製造するもの。炭素繊維にはピッチ系(石炭・石油化学産業の残りかすであるピッチを溶融紡糸後に炭化したもの)もあるが,PAN系が全炭素繊維需要の90%超を占めている。

「日本」なくして人工衛星は飛ばず

 この4社のうち,台湾プラスチックスは汎用用途向けの単一グレードの炭素繊維しか造れていないので,航空・宇宙分野やこれから需要が予想される自動車などハイテク分野向けの炭素繊維は日本勢の独壇場になっている。日本の炭素繊維メーカーの世界シェアは75%にのぼり,ハイテク分野ではほぼ独占状態といってよい。宇宙分野では「日本の炭素繊維がなければ人工衛星は飛ばない」(某炭素繊維メーカー)状況になっている。

 炭素繊維の大口ユーザーである航空機メーカーは欧米にある。地理的にも,言語的にも,欧米の炭素繊維メーカーの製品をもっと使ってもよかったはずである。にもかかわらず,日本メーカーの炭素繊維が,特に航空機の構造部材でデファクト・スタンダードになったのはなぜなのだろうか。

 背景には,炭素繊維を造るうえでの難しさと複雑さがあるようだ。PAN系炭素繊維は,PAN繊維を高温で炭化して造る。炭素繊維は外見は同じに見えても,細かく見ると表面にはケバがたっていたり,途中で切れたりとかの欠陥が必ずあるものなのだそうだ。これらは,原料であるアクリル繊維にどのようなものを使い,プロセス条件をどう振るかで,微妙に変わってくる。

バラつきのない製品を量産する

 このように原料やプロセス条件を変えると特性が微妙に変わる敏感なプロセスで,「品質のバラつきがない均一なものをなるべく欠陥なく,工業的に使いやすいように造るのはものすごく難しい」(某炭素繊維メーカーの事業責任者)という。撤退した欧米メーカーは,これができなかったのである。

 日本勢3社がいずれも繊維メーカーで,アパレル向けのアクリル繊維を製造していた点も有利に働いた。アパレル向けのアクリル樹脂も種類としては同じPANであり,炭素繊維向けの原料繊維(プリカーサー)を敏感なプロセスに合わせて自ら最適化することができた。

 日本メーカーは,炭素繊維を造り始めて30年程度だが,アクリル繊維まで遡れば50年の歴史がある。その間に繊維のノウハウを蓄積した。これに対して,欧米メーカーは,元々化学メーカーであったために,そうしたノウハウを持っていなかったのである。

 原料やプロセス条件で微妙に変わるにもかかわらず,一つひとつのグレードの中では,品質バラつきのない均一なものを量産することに日本メーカーが成功した背景には何があるのだろうか。「結局は,日本のものづくりの強さが生きたということではないか」とある炭素繊維メーカーの担当者は語る。

 「均一」なものを安定的に量産するというのは,日本メーカーの特技であるといえるのかも知れない。そこで思い出したのが,筆者の日経メカニカル時代からの長年の取材先かつ友人で,日系の自動車部品メーカーから米国系の産業機械メーカーの日本支社に転職したある技術者の方に聞いた話である。