この10年ほど携帯電話業界の動静を間近に見てきた記者にとって,2008年3月に明らかになった三菱電機の携帯電話事業撤退のニュースは大きなショックだった。2000年ころの同社は欧州市場で存在感があり,展示会などで何度か取材をしたこともある。その後は国内事業に集中していたのだが,社内で掲げていた目標販売台数に達しなかった。伝え聞くところによると,昨年の電池トラブルが響いたのだという。同社は携帯電話以外の事業が好調で,技術者が不足していたという背景もあるようだ。社内に活躍の場があるにしても,携帯電話事業に長く携わっていた方々の感慨は,記者の想像をはるかに超えたものではないかと思う。

 同社は,撤退の事情について多くを語っていない。発表資料や一部新聞報道の社長コメントによると「今後の事業改善が見込めないから」という。国内での販売台数が頭打ちとなっている現実,しかも昨今の開発コストの高騰もよく知っているので,端末事業の難しさは納得するところもある。

 しかし,携帯電話の利用に関してはどうだろう。私としては,携帯電話を利用したサービスはまだまだ始まったばかりであり,これからますます発展するのではないかと考えている。

 記者がそう考える理由の1つは,パソコンという前例があるからだ。パソコンの歴史を振り返ると,先進国市場で販売台数の伸びが鈍った後も,インターネットを活用した新しいサービスが次々と登場している。消費者がインターネット経由で参加するユーザー・コミュニティは新しいコミュニケーションや行動様式を生み出し,企業向け情報システムでもサーバー側にアプリケーション機能を集約したSaaS(software as a service)の大きなうねりが訪れている。

 携帯電話事業に携わる企業としては,この変化をどう考えればいいだろう。ベンチマークとなるのは,数年前にパソコン事業を大きく転換した米IBMではないだろうか。同社はパソコン事業を手放したものの,パソコンを活用したソリューションは中核事業になっている。サービス提供を中心に据えると,今後も成長の絵を描けることを示しているのではないか。携帯電話には「常に電源を入れて持ち歩く」「無線通信は標準装備されている」「位置が分かる」「電子マネーも入っている」などパソコンにはない特徴がある。ソリューションの幅は,パソコンよりも一層広い。

 端末事業から撤退するメーカーがある一方で,2007年には米アップルと米グーグルがサービスを中核に据えてこの市場に入ってきた。アップルのスティーブ・ジョブズCEO(最高経営責任者)は「携帯電話を再定義する」と言い,グーグルの携帯電話ソフト基盤事業を率いるアンディ・ルービン氏は「携帯電話業界は,IBM互換機が登場した84年のパソコン業界の状況に似ている」と語っている。パソコン事業とネット事業を熟知する両社のこのタイミングでの参入は,パソコンの歴史を踏まえているのは間違いない。

 そこで,日経コミュニケーションはアップルのiPhoneやグーグルのAndroidという新しいプラットフォームを題材とした緊急セミナー「Android/iPhoneが変える携帯電話の未来」を開催することにした。講師は,通信事業者(NTTドコモ),ソフトウエア基盤開発(アプリックス),ゲームソフト開発(ハドソン),ユーザー・インタフェース開発(UIEジャパン)の各社にお願いした。私自身,立場が異なる各社が抱える課題や,新しいプラットフォームへの期待感などを聞けることを楽しみにしている。