システム構築プロジェクトの失敗の原因の1割は純粋にテクニカルな問題,そして9割はヒューマンな問題であると言われている。そして,実に多くのシステム構築プロジェクトが危機に直面し,遅延や予算オーバー,メンバーの脱落などに見舞われながらなんとか完了までたどり着いているという厳しい現実がある。
先日,ある会社の情報システム部長さんから,こんな話を聞いた。それは,ある非常に優れたプロジェクト・リーダーの話である。そのプロジェクト・リーダーは,大きなシステム構築プロジェクトになると,スタートする前に必ずユーザー部門の責任者をつかまえて一対一で面談をするそうだ。
どんな話をするかというと「ユーザー側が危機感を持って本気で関わってくれないと失敗しますよ,現場の業務が忙しいとか,分かる人が手配できないとか,そういうことが続くとプロジェクトは必ずおかしなことになり,出来上がったシステムは不具合だらけで下手をすれば新聞に載りますよ」などと起こりうるあらゆるリスクを挙げて脅すのだそうだ。
ユーザー部門の責任者は「分かった,分かった,ちゃんとやりますよ」と言って逃げてくるのだが,再びつかまえて一対一でこんこんと説得するのだそうだ。初めのうちは「パッケージを導入すればうまくゆくのではないか。パッケージにはテンプレートがあるはずだから,ユーザー側の工数は案外少ないかもしれない。業務にフィットするパッケージが見つかったらいいなあ。少々のことは業務をパッケージに合わせればなんとかなるかなあ」と思っていたユーザー部門の責任者は「パッケージといえども甘くない。予想を超えてフィットしないかもしれない。当初立てたスケジュール観はかなり甘いものだ。ユーザーが知恵を出したりやり方を変えたりなどしないと,本番は動かないかもしれない。予算オーバーして,役員会で自分が追加予算のための説明をしなければならなくなる可能性はかなり高い」と思うようになるのだそうだ。
私たちは,常に物事がうまくゆくことを望んでいる。しかし,世の中の多くのことは期待に反する方向に転がるものだ。システム構築プロジェクトではそういう傾向が顕著だという実感がある。
プロジェクト・マネジメントのプロは,リスク・マネジメントができる人である。リスク・マネジメントとは,楽観に流されないで,常に厳しい目,具体性のある悲観的な目で将来のシナリオを構成して見ることだ。問題が起きたとき「予期せぬ事態が生じた」などという言葉が出てしまったら,それはリスクが予測できていなかったことを白状するのに等しい。
ITが企業戦略の中核的位置付けとなっている今日,IT投資における失敗が企業経営に与えるインパクトはシステム構築プロジェクトの責任範囲をはるかに越えたものになりつつある。システム構築プロジェクトの失敗は,億単位の特別損失となって経営そのものを危機に陥れる。
リスクは一定の確率で生じるもの。生じることがなかったらリスクとは言わない。リスク・マネジメントのプロは,普通の人が思わないようなリスクについてまで,リアリティのあるシナリオとして認識し,対策を立てて行動するのである。
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■本特集に関連して,日経SYSTEMS 2008年4月号に特集「プロフェッショナルの現場 ユーザーに尽くし,ユーザーに信頼される」を掲載しています。ぜひ併せてお読みください。