上武大学大学院教授
学術博士
池田 信夫
NGNの背景には,NTTの「2010年問題」がある。NTTの経営形態については,2006年に竹中平蔵総務相(当時)の「通信と放送の在り方に関する懇談会」と総務省の「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」と自民党の通信・放送産業高度化小委員会(片山虎之助委員長)で議論された。
同じ問題が三つの会で互いに調整もしないで討議された。その結果,議論は迷走し,最終的には,NTTの経営形態について「2010年の時点で検討を行う」という表現で,すべて先送りされた。しかし2010年という期限が明記されたことで,それまでには「再々編」案を準備する必要が出てきた。これがNTTの2010年問題である。NGNは,この際にNTTを再統合するための理論武装の“材料”という意味がある。
レイヤー別規制への移行
インターネットはグローバルに一体のIP(Internet Protocol)ネットワーク。だが,NTTではこれを,都道府県ごとに構築した「地域IP網」をつなぎ合わせて実現しており,ネットワークの構造が非常に非効率になっている。NGNによって全国のネットワークをIPで統合しようというNTTの構想は,技術的には合理的だ。しかし,これによってNTTが,昔の電信電話公社のようにすべて一体の企業になるとは考えられない。
総務省では,通信・放送の総合的な法体系に関する研究会が「情報通信法」(仮称)を提言する報告書を昨年12月に出した。ここでは,現在9本ある通信・放送関係の法律を撤廃し,レイヤー別に規制する方向が打ち出されている。
欧州連合(EU)は2003年に,伝送部門についてはEU共通の規制を行う一方,コンテンツについては各国にゆだねるレイヤー別の規制体系を採用した。今回の情報通信法も,基本的にはEUの規制をモデルにしたものだ。これは2010年に国会に出される予定で,これが成立すればNTT法も廃止されることになる。
NTT法を撤廃し完全民営化を
つまり情報通信法が実現すれば,NTTは現在のような「半国営」の企業ではなくなるわけだ。したがって政府が保有している33.7%の株式もすべて売却して完全民営化し,KDDIやソフトバンクなどと同じ「普通の会社」にすべきだ。そうすれば,経営形態はNTTの経営者が決められるようになるので,再々編を政府が議論する必要もなくなる。
ここで重要なのは,情報通信法(PDF)でいう「伝送インフラ」をどう区分するかという問題だ。最終報告書では,「伝送サービス」と「伝送設備」(物理層)を分け,伝送設備だけを規制する方向だ。特に銅線についてはNTTグループが90%以上を保有しており,現在の開放規制を続ける必要がある。また電柱などの線路敷設権の開放はほとんど進展していないが,このインフラ会社に開放を義務づけるべきだ。
逆にいうと,NTTが伝送設備を分社化すれば,サービス部門は規制のない普通の会社として自由に経営できることになる。この場合,規制対象となる伝送設備に光ファイバを含めるかどうかが今後の重要な論点となろう。EUでは,銅線と光ファイバを区別していないが,NTTは「民営化後に引いた光ファイバは規制すべきではない」と主張している。
有線・無線の設備競争がベストだ
これはきわめてむずかしい問題だが,むしろ今後,重要になるのは無線との競争である。アメリカでは,UHF帯でテレビ局が占有して使っていない「ホワイトスペース」をめぐって,GoogleやMicrosoftなどがFCC(連邦通信委員会)に対して開放要求を出している。
日本でも,UHF帯のホワイトスペースは,地上デジタル放送に完全移行すれば,最大180MHzが利用可能になると推定される。空いている周波数を検知し,動的に周波数を変更して通信する「認知無線」(cognitive radio)という技術を採用すれば,携帯端末も使うことができる。これだけの帯域があれば,光ファイバに匹敵する高速通信をはるかに低コストで行うことも可能になる。
このような設備競争が実現すれば,アクセス系の光ファイバを規制する必要はないだろう。今後NTTは交換機を廃棄し,インフラはすべてIPにする計画だから,その意味ではNGNに移行することになる。しかし,いまNTTが考えているような閉域網によるNGNサービスは,ビジネスとして展望が見えない。だから情報通信法のいう「オールIP」のネットワークとしてのNGNへの移行は急ぐべきだが,それ以外のサービスは市場の動向を見ながら順次,導入すればいいのではないか。
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