岐阜県各務原市は、行財政改革の先進自治体である。同市は、2006年度決算に基づいた連結財務諸表4表を作成し、2008年3月28日に公表した。総務省の「新地方公会計制度実務研究会報告書」ならびに通知「公会計の整備推進について」にある期限(2009年秋)より、1年以上早く目標を達成したことになる。同市財政課長の小鍋泰弘氏に、他の自治体に先駆けて作成した経緯と狙いを尋ねた。(聞き手:本間 康裕=プロジェクト推進部)

各務原市の担当者   各務原市の新公会計制度導入プロジェクト担当者の面々。真左から、各務原市都市戦略部財政課長の小鍋 泰弘氏、同課財政係長の岩井 健氏、同課主任主事の嶽 翁輔氏

総務省の示した2009年秋という期限に先立って、財務4表(貸借対照表、行政コスト計算書、資金収支計算書、純資産変動計算書)を作成しました。

小鍋 各務原市は、国から言われたから財務諸表を作成したわけではありません。以前から森真(もり・しん)市長の方針で、行財政改革に力を入れてきました。新公会計制度導入にあたっては、財政課から4人、契約管財課から2人、情報推進課から2人でチームを2007年5月に作って、プロジェクトを進めました。

 各務原は「21世紀型市役所」を目指しています。今までの市役所はフルタイム職員がほとんどで、若干の民間委託があるという状態です。これを、フルタイム職員を減らして行政のマネジメントに特化し、足りない部分をパートタイマーや委託職員の採用、民間企業へのアウトソーシングでカバーする。それが「21世紀型市役所」の考え方です。ただし、「小さな政府、できるだけ大きなサービス」を実現するのは、単年度主義で将来負担が見えない現状の会計制度では難しい。財政状況を的確に把握するためには、複式簿記・発生主義の新たな公会計制度で財務諸表を作成する必要があるという考えでやってきました。

財政状況を的確に把握してそれを公表することに、どんなメリットがあると考えていますか。

小鍋 1つは、財政の健全化に関することです。北海道夕張市のケースがありますが、あれは突然負債が出てきたわけです。新たな公会計制度に基づいて財務諸表を公表すれば、資産・負債の情報は表に出てきます。しかも、今後市場から資金調達する際に、投資したいと考えている金融機関にも、自治体の財政状況を適確に判断してもらえるでしょう。

 もう1つは、歳出規模の問題です。実はこれまで市議会で、他の都市と比較して1人あたりの歳出規模(約27万5000円/人)が少ないのでは、という批判を受けてきました。要するに、十分なサービスをしていないのではないか、ということです。

 市としては、適正な規模だと思っています。生活保護比率が低い、自治体病院を持っていない、などの理由があるからです。後の世代に、必要以上の負担を負わせていない、という自負もあります。ただし、現行の会計制度で単純に1人あたり歳出規模を見ただけでは、そうしたことを説明できないのです。新たな公会計制度なら、資産や負債の額や将来の負担度合いが分かります。他の自治体と比較して、当市がどんな状況にあるかも明らかになります。

総務省から示された2つのモデル(総務省方式改訂モデル、基準モデル)の中から、基準モデル選んだ理由を教えてください。

小鍋 総務省方式改訂モデルは、決算統計から数字を持ってくるので比較的手間をかけずに作成できる半面、資産の評価が不十分と考えています。例えば、基準モデルではすべての資産を棚卸しますが、改訂モデルは売却可能な資産だけを時価評価します。我々は、現在の市の資産状況を的確に把握したかったので、基準モデルを選びました。

 例えば、借入金が多いのではと言われたら、「これだけの資産が残っています」「世代間の公平性の観点から、後の世代の人にはこれくらい払っていただきます」と反論ができるようにしたい。そのために資産の的確な把握をしなければならず、それで基準モデルを導入しました。

 加えて、職員の意識改革にも役立てられるのでは、という考えもありました。基準モデルの場合、資産の棚卸しをする際に各主管課で資産価値を計算する作業が必要になるため、多くの職員の関与が必要になります。実際に、2007年度中にすべての資産を洗い出しました。

他の部局の職員からは、わざわざ手間のかかる基準モデルを選んだことに対して批判はなかったのでしょうか。

小鍋 当然「なぜ財政課はそんな面倒な方式をやり始めるのか」という批判はありました。そこで、主管課長に集まってもらい、こちらから説明をしました。加えて、会計士を招いて主管課長向けに公会計の勉強会を2回開きました。職員には、各課長から説明をしてもらいました。そうやって、全庁の協力体制の確立、全職員への周知を図って、職員の意識改革につなげようと考えました。

 現在稼働している財務会計システムとは別に、新公会計制度に対応するためのシステムを導入し、2008年度から稼働させます。財務会計システムや土地管理システムなどから抽出したデータを基に、新しいシステムが財務諸表に変換します。ですから、システム導入後も、他部局の職員は、これまで通り財務会計システムに入力するだけです。作業負荷が増えるということはなく、今と全く変わりありません。

 ただし、当初は公会計システムを他のシステムと完全に連動させることができないので、他のシステムから抽出したデータを、公会計システムに流し込む作業が新たに発生します。これは、情報推進課と財政課が連携して行います。今後は連動させるための作業を続けて、2009年度には完全に連動させるようにしたいと考えています。

新システムの導入コストを教えて下さい。

小鍋 公会計システム導入と連携を図るための既存システムの改修コストを合わせて、2007年度予算で1000万円を計上しました。システム開発は、2007年7月から開始しました。2006年の10月から11月にかけて、ベンダー5社に問い合わせて話を聞き、最終的に1社を選びました。

作成した財務諸表を、どのように生かしていくのですか。

小鍋 行財政改革にはゴールがありませんから、やり続けなければなりません。新公会計制度に合わせた財務諸表を活用して、行革を加速させていきたいと思います。当然市長からも、そういう指示が出ています。

 国からは、資産債務の圧縮を要請されているので、財務諸表をそのためのツールとしても利用します。例を挙げると、道路を作る部局にいる職員は、それが仕事なのでどんどん作ろうとします。しかし、果たして全体の予算、資産状況を見た場合に、それがプラスかどうか。連結財務諸表は、それを考えるための手がかりになります。道路を作ったら、どのくらい後の世代に負担が行くか、現世代がどの程度負担しているかが分かりますから。

【インタビューを終えて】
各務原市は、岐阜県内で数少ない地方交付税の不交付団体です。行財政改革の試みを続けてきた成果が、結実したと言えるでしょう。導入がやや難しいと言われる基準モデルに敢えて取り組んだ点、そのことによって職員の意識改革を促した点など、特に興味深いものがあります。『日経BPガバメントテクノロジー』では、公会計改革の最新動向を伝えるセミナー「行財政改革シンポジウム」を4月9日に大阪で開催します。各務原市の公会計改革への対応とシステムの導入作業に関して、小鍋課長が講演します。ぜひご参加ください。

■変更履歴
小鍋氏の発言中で「投資したいと考えている民間企業などにも」とありましたが正しくは「投資したいと考えている金融機関にも」の誤りでした。また「半面、減価償却の考え方が十分取り入れられていない」とありましたが「半面、資産の評価が不十分」の誤りでした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです(編集部)。[2008/04/02 12:20]