男性中心だったシステム開発の現場で活躍する女性エンジニアが増えてきた。IT業界が,彼女たちに寄せる期待は大きい。しかし,女性だからといって肩に力が入りすぎると…。

イラスト 野村 タケオ

 M子さん(29歳)は,ITベンダーのB社で働く中堅エンジニアである。金融サービス事業部に在籍し,クレジットカードやリース業界のシステム開発に携わっている。

 そのM子さんが2005年1月から従事しているのは,総合金融サービス中堅のK社におけるプロジェクトだ。基幹システムを一新する取り組みで,かなりの大型案件である。プロジェクトは6チームに分かれており,それぞれが契約や財務会計,与信管理といったサブシステムを担当している。

 M子さんが所属するのは,契約システム開発チームだ。一口に契約システムといっても,新規契約だけではなく途中解約や事故による契約解除業務などを含み,開発規模は大きい。チーム編成は,Nリーダーのほかエンジニアが7人。女性はM子さん1人である。

 キックオフ後,要件確認や設計フェーズで多少の遅れは生じたものの,作業はほぼ計画通りに進んだ。2005年11月には開発作業を一段落させ,あとはテストを残すだけになった。

 ところが,12月に入って状況は一変した。結合テストで,15ものバグが発覚したのだ。それも,ほとんどがM子さんの担当部分だった。

 Nリーダーは急きょ,メンバーを会議室に召集した。「総合テストは6週間後だ。それまでに,システム品質を確保しなければならない。見通しはどうなんだ」。Nさんの問い掛けに,ベテランのPさんが答えた。「バグの数から言って,3週間は見ておくべきでしょう。理想的には,4週間あれば…」。慎重派のPさんらしい発言だった。

 そこに,M子さんが割って入った。「私にやらせてください。責任を持って2週間で片付けます」。メンバーの視線が,M子さんに集まった。Nリーダーの顔に一瞬,不安がよぎった。M子さんは,さらに言い張った。「私の担当で発生しているバグです。皆さんに迷惑はかけません」。チームの足を引っ張りたくない一心だった。そんなM子さんを,Pさんたちは心配そうに見ていた。

 Nリーダーは,しばし考え込んだ。確かに,まだ手付かずのテスト項目は山積みで,バグ修正に手を取られるのは痛かった。「…そうか。じゃあ,この件はM子くんに任せる。頼むぞ」。Nリーダーはそう言って,その場を締めくくった。M子さんは「自力でなんとかしてみせる」と意気込んだ。

負けん気は超一流

 実は,M子さんはもともとエンジニア志望ではなかった。学生時代は国際関係学を専攻し,ジャーナリストを夢見ていた。だが,いざ就職活動を始めてから,M子さんはIT業界に照準を切り替えた。常に時代の先端で働くITエンジニアは,やりがいがある仕事だと感じたからである。こうして1999年4月,M子さんはB社に入社した。同期入社した30人中,女性はM子さんを含めてたった3人だった。

 新人研修は,決して楽ではなかった。「TCP/IP」や「ミドルウエア」といった耳慣れない言葉が,M子さんを当惑させた。プログラミングにも手を焼いた。それでも,M子さんは必死についていった。文系だからといって,同期には負けたくなかった。理解できないことはすぐ講師に質問したし,ITに詳しい同期をつかまえて解説してもらうことも度々だった。

 現場に配属されてからも,M子さんは常に全力で仕事に取り組んできた。最初に配属された流通サービス本部では,スーパーや量販店のシステム開発を担当。先輩たちに食らい付き,懸命に仕事を覚えた。3年前,金融サービス事業部に異動した際も,徹夜をいとわず作業して経験不足を補った。入社以来,年末年始やゴールデンウィークでさえも,まともに休んだ記憶はない。「女性であることをハンデにしたくない」という思いが,M子さんのがんばりを支えていた。

自己責任と意地をはき違える

 さて,契約システムのバグが見付かってから2週間が経過した。M子さんは連日,深夜までバグと戦っていた。しかし,進ちょくは思わしくなかった。総合テストの日程は,容赦なく迫ってきていた。

 さらに1週間が過ぎたころ,NリーダーがM子さんの席にやってきて進ちょくを尋ねた。M子さんは,「申し訳ありません。会社に泊まりこんででも,あと1週間でなんとかします」と答えた。

 Nリーダーは,納得しなかった。「あと1週間という根拠は? まだ,半分以上残っているんだろう?」。M子さんは言葉に詰まった。Nリーダーは「裏付けのない約束はいらない。私が欲しいのは,確実な見通しなんだ!」とM子さんを叱責してから,「みんな,ちょっと聞いてくれ」とメンバーに呼びかけた。「緊急事態だ。バグ修正が遅れている。P君,M子さんのサポートに回ってくれ。P君の作業分は,他のメンバーでカバーする。どんなことがあっても,3週間後に始まる総合テストに間に合わせるんだ。以上!」。

 チーム指示を出した後,自席に戻ろうとしたNリーダーを,M子さんが呼び止めた。「待ってください。女性の私には,任せられないということですか?」。M子さんの声は,悔しさで震えていた。

 Nリーダーは,「この仕事に性別は関係ない」と,きっぱり言い切った。「君の仕事に対する意欲や責任感の強さは,高く評価している。だが,システム開発は1人でできる仕事ではない。問題を1人で抱え込まず,周りの力を借りることを覚えなさい」。

 M子さんはショックを受けた。この7年間,男性エンジニアに負けまいと,体力の限界までがんばってきた。それを,Nリーダーに「周りに助けてもらうことも,ITエンジニアの仕事のうち」と一刀両断された。「私は何でも自分で片付けようと,意固地になっていたんだな」。M子さんは,無理して突っ張ってきた自分がこっけいに思えてきた。

今回の教訓
・論理的な裏付けのない意欲は空回りする
・開発中のトラブルは,チームワークで乗り切れ
・女性を意識せずに仕事に向き合え

■変更履歴
A子さんという記述がありましたが,M子さんの誤りです。本文は修正済みです。 [2008/07/15 19:00]

岩井 孝夫 クレストコンサルティング
1964年,中央大学商学部卒。コンピュータ・メーカーを経て89年にクレストコンサルティングを設立。現在,代表取締役社長。経営や業務とかい離しない情報システムを構築するためのコンサルティングを担当。takao.iwai@crest-con.co.jp