客先での提案説明会は,営業担当者の桧舞台。A君は,その舞台にようやくこぎ着けた。ところが,同行したSEの勇み足で予期せぬことに…。

イラスト 野村 タケオ

 「長い道のりだった」。P社での提案説明会を前に,A君(26歳)は感慨にふけっていた。システムインテグレータであるS社の営業担当者として,空調設備機器の中堅メーカーであるP社を担当して1年。一時は絶縁状態だった顧客との関係をなんとか修復し,新規プロジェクトのベンダー候補になったのだ。ここまで来るには,並々ならぬ苦労があった。


5年ぶりのチャンス

 P社のシステム化に,S社は長年かかわってきた。だが,5年前のシステム導入を最後に,両社の関係は悪化していた。S社のサービス体制に,P社が強い不信感を持ったからだ。税制変更や法改正にともなうシステム変更を依頼しても,なかなか対応しない。再三にわたって催促して,ようやく要員を寄越す。営業担当者さえ,ほとんど顔を出さないありさまだった。当然ながら,ここ数年のP社におけるシステム案件はすべて他ベンダーが受注し,S社には提案要求さえなかった。

 そうしたなか,2005年3月にA君がP社の営業担当を引き継いだ。P社のIT推進室に初めてあいさつに行った時のことを,A君は今でも忘れない。部門トップのM室長に,厳しい言葉を浴びせられたのだ。「おたくは我々の会社なんて眼中にないんでしょう?わざわざあいさつに来なくてもいいよ」。手荒い洗礼に,A君は縮み上がったが,皮肉を言われる理由は自社にある。A君は汚名を返上すべく,「よし,これからはP社を1カ月に1度は訪問するぞ!」と前向きに誓い,それを実行した。

 とはいえ,それまでの不義理がたたり,M室長はA君をなかなか相手にしてくれない。それでも,A君はあきらめなかった。P社の参考になりそうな業界ニュースやユーザー事例をクリッピングして持参するなど,M室長の信頼を勝ち取るための工夫を重ねた。

 こうしたA君の努力が実を結び,M室長の態度が少しずつ軟化した。A君の話を聞いてくれるようになったのだ。3カ月が経過するころには,P社が運用しているシステムの現状や問題点について話してくれるようになった。業務ごとにシステムがバラバラであること。そのため,維持管理に手間が掛かるほか,システム間のデータ連携が難しいなどの弊害が出てきたこと。それだけではない。「こうした問題を一掃するには,システム刷新しかない」というM室長の思惑まで聞かせてもらった。

 そして2005年11月。A君がP社を訪れると,M室長が改まった口調でこう言った。「例のシステム刷新の件が,ついに動き出した。さっそくベンダーを選定するから,S社も提案してください」。5年間,新規案件から締め出されていたS社に,チャンスが与えられたのだ。A君は「ぜひ,よろしくお願いします」と,声を弾ませた。

 この日以来,A君はそれまで以上に足しげくP社へ通った。提案に役立つ情報を,少しでも多く集めるためだ。帰社してからは,深夜まで提案作成に没頭した。こうして,提案説明会の当日を迎えた。

机上論を振りかざす

 説明会には,ベテランSEのBさん(32歳)も同席した。A君が提案の概要を,技術の詳細をBさんがプレゼンするという段取りだった。Bさんは,経験豊富なサポート・エンジニア。プレゼン上手との評判で,A君はすっかり安心していた。

 実際,プレゼンは順調に進んだ。時間をかけて練り上げた資料は我ながらよくできているし,Bさんの説明も評判通り分かりやすい。A君は,かなりの手応えを感じていた。ところが,である。

 プレゼンが終わりかけた時,M室長が「最後に確認しておきたいんだが」と言って手を挙げた。「当社の受注業務には『仮受注』という処理がある。今,提案してもらったパッケージで,その処理は可能だろうか?」。A君が「はい,もちろん…」と言いかけると,Bさんがそれを制して立ち上がり,「このパッケージに,仮受注という概念はありません。業務の透明性や誤処理をなくすためにも,パッケージの処理手順に業務を合わせることを強くお勧めします」と言い切った。

 M室長は,「それはそうだろう。当社も,将来は受注処理を一本化する予定だ。ただ,今すぐというわけにはいかない。受注プロセスをいきなり変更しては,顧客を混乱させてしまう。それだけは避けたいんだよ。どうだろう?」と再度ただした。

 M室長は,パッケージに手を加えることの問題点など十分に承知している。そのうえで,あえて現場の業務を優先しているのだ。日ごろの会話から,そのことをよく分かっているA君は,今度こそ発言しようとした。

 だが,またもやBさんに先を越された。「どうしても仮受注の機能を追加するとおっしゃるなら,アドオン開発になりますね」。Bさんは素っ気なく言い,さらに「でも,それでは保守料も高くなりますよ。今後の運用管理も面倒ですし。それに…」と,アドオン開発のデメリットをあげつらった。「まずい。Bさんは,P社の事情を無視して一般論を押し付けている」。A君はあわててBさんに目配せしたが,Bさんの暴走は止められなかった。

 とうとう,M室長が「もういい。S社は,2次提案に参加しなくて結構です」と,Bさんをさえぎった。A君がせっかく積み上げてきたM室長との信頼関係が,崩れ去った瞬間だった。「これまでの苦労は何だったんだ…」。目の前で起きた悪夢に,A君はただ呆然とするしかなかった。

 P社からの帰り道,Bさんが他人事のように言った。「パッケージを業務に合わせるなんて,あの顧客は分かってないよなあ」。A君は「分かってないのは,あんたの方だ!」と叫びたいのを,必死でこらえた。

今回の教訓
・SEと営業担当者は,提案説明に臨む前に十分な意識の統一を図れ
・SEは,必要なことをタイミング良く発言することが肝心だ
・理想論ばかり語っても,顧客の心には響かない


岩井 孝夫 クレストコンサルティング
1964年,中央大学商学部卒。コンピュータ・メーカーを経て89年にクレストコンサルティングを設立。現在,代表取締役社長。経営や業務とかい離しない情報システムを構築するためのコンサルティングを担当。takao.iwai@crest-con.co.jp