いまや当たり前になった感のあるシステム業務のアウトソーシング。そのかたわらで,「外注化により,設計開発や運用管理といった実務経験を積めない」と危機感を感じるユーザー企業の若手エンジニアが増えている。
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イラスト 野村 タケオ |
「“1人ひとりのスキルを高めて,仕事の品質を上げよう”,か」。オフィスの壁からはがれかけた標語を見て,B君(25歳)はため息をついた。B君が化学メーカーG社に入社して,3年が過ぎた。入社後,久しぶりの新人としてシステム部に配属が決まった時は「この先,企業にとってITの重要性はますます高まる。最新技術を身に付けておけば,将来必ず役立つ」と喜んだものだった。しかし,仕事に慣れてくるに従い,理想と現実のギャップに気付き始めた。
G社はB君が入社する5年前,他社に先駆けてシステム業務のアウトソーシングに踏み切った。設計や開発,運用といった業務のほとんどをSIベンダーのQ社に委託し,企画機能だけを社内に残したのだ。それ以来,社内の担当者がプログラミングやテストといった現場作業にタッチする機会は全くなくなっていた。
これは,B君にとって全く予想外のことだった。「せっかくITエンジニアという仕事に携わっているのに,これでは専門性が身に付かない」と,焦りを感じていた。もちろん,書籍を読んだり,疑問点を先輩に聞いたりして,少しずつでも知識を増やす努力はしている。でも,そうやって得る知識は結局,人からの受け売りで,自分の経験に根ざしたものではない。ハードやソフトの機能や能力を実践的に学ぶことができず,社内での自分の存在意義に自信が持てなかった。
数日前に参加した大学の同窓会で,そうした思いはますます強まった。ある食品メーカーのシステム部門で働く友人との境遇の差に,ショックを受けたのだ。その食品メーカーはG社とは対照的に,設計から開発までのほとんどすべてを社内でこなしているという。「毎日仕事に追われてはいるけれど,基礎からみっちり勉強できて面白い」と,生き生き話す友人を,B君はまっすぐ見られなかった。「同じ年齢,同じ職種なのに,もうこんなに差を付けられてしまった」と,いたたまれなかったのだ。
スキル不足の悩みを一蹴
翌日,週1度の定例会議があった。報告や通達事項の連絡が一通り終わると,B君は意を決してこう提案した。「以前のように,開発業務を僕たちが担当するわけにはいかないでしょうか」。周囲の上司や先輩は一瞬,ポカンとした。「何を言い出すんだ。アウトソーシングは社の方針だぞ」。Kリーダーがすかさず,B君をたしなめた。
B君は,「先輩たちは,開発で苦労した経験を持っていますが,僕にはそれがない。このままでは,いつまでたっても先輩たちのようにはなれません」と訴えた。これを聞いて,Kリーダーが再び声を上げた。「おいおい,全社方針を自分の勉強のために曲げようというのか?」。
Kリーダーの厳しい口調にB君はむきになり,「でも,僕たち発注側に実践経験がなければ,開発で何か問題があった場合,強みを発揮できないと思うんです」と反論した。苦々しい表情のKリーダーが,「悪いけど,君の言っていることはよく理解できない」と議論を打ち切ろうとした。B君が,「ですが…」と食い下がった。
ここで,それまで黙っていたJ課長がうんざりした表情で「実践実践って言うけどね,要はセンスの問題だよ。実務経験があろうがなかろうが,できるやつはできる。できない奴はできない。それだけだ」と言い切った。「でも…」。B君はさらに食い下がろうとしたが,Kリーダーが「技術面はベンダーに任せておけばいいんだよ。そのためのアウトソーシングだろう」とさえぎった。B君は「この人たちに何を言っても無駄だ」と感じ,もう反論しなかった。
若手が将来を悲観
翌日,Q社のエンジニアであるF氏が,B君の席にやってきた。B君より2歳年上のF氏は,周りが年の離れた先輩ばかりのB君にとって,気軽に話せる数少ない相手だった。
新たな販売システムに関する打ち合わせで来社したというF氏は,「今度の案件も,なかなか手ごわいですねえ」と話しかけてきた。B君はそれには答えず,「Fさんたちは本物のプロフェッショナルですよね。いいなあ」とつぶやいた。
F氏は「あれ,急にどうしたんですか? 珍しく弱気ですね」とB君の顔をのぞき込んだ。B君は,先輩たちに全否定された悩みをF氏に打ち明けた。「自分には,何も強みがない気がして。開発できないシステム担当者なんて,中途半端だなあと思うんですよ。Fさんたちにはとてもかなわない」。F氏は社外の人だけに,泣き言を言いやすかった。
F氏は「そりゃあ,それが私たちのメシの種ですからね」と笑ってから,「Bさんたちの任務は,ユーザー部門の目的や狙い,背景を整理してシステムに盛り込むことでしょう。必要なのは開発力よりも,企画力ですよ」とB君をなぐさめた。
だが,B君はどうしても納得できなかった。それでつい,「そうは言っても,やはり開発の難しさを知らなければ,良いシステムを企画できないと思うんです」と言い返した。F氏は「まあ,そうかもしれませんが…」と言葉を濁した。B君はさらに続けた。「今の状態では,何年たっても自分で企画書を作れるようになんかなれないですよ。上司や先輩は過去にスキルを身に付けているから,僕の悩みに耳を貸してくれないし。いっそ,営業や経営管理部門に移った方がいいのかもしれない」。
B君はF氏の困った顔に気付くと,あわてて「すみません,つまらない話をしちゃって」と謝った。F氏は「それだけ問題意識があるなら大丈夫。必要なIT知識は,仕事の中で身に付きますよ」と言い残して去っていった。F氏の気遣いはありがたかったが,B君の心は沈んだままだった。
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