「ユーザーとベンダーの板ばさみ」と,自分の立場を嘆く企業のシステム担当者は多いだがそれは,「新たな事業を創造し,自社に収益をもたらすシステムを作る」という目的意識が欠如しているからに他ならない。

イラスト 野村 タケオ

 物流サービス中堅のA社はここ数年,中国やタイ,ベトナムといった国々における物流網の整備を急ピッチで進めている。アジア諸国に製造拠点を持つ日本のメーカーからの受注増を見込んでのことだ。

 こうした海外展開の本格化により,同社の営業部門は受注管理業務を抜本的に見直す必要に迫られた。国によって,商慣習や法制度が異なるからである。そこで同部門は,システムの刷新を決断した。

 2004年11月,営業部門のE企画課長の指揮の下で新・受注管理システム構築プロジェクトがスタートした。システム部門からは,今回の主人公であるCさん(38歳)を含む3人の担当者が参加した。

 プロジェクトは,新システムの構想作り,要件定義と進んだ。営業部門のメンバーが熱い議論を戦わせる間,Cさんは聞き役に徹し,要件を取りまとめた。その後,開発委託業者を選定するコンペを開催し,中堅ベンダーのNシステムズに発注することも決めた。ここまでは,順調だった。

要件定義の失敗で手戻り続出

 ところが,プロジェクトは設計段階に入っていきなりもたついた。A社が提示した要件を詳細設計に落とし込むのに,予想外の時間がかかってしまったからだ。それだけではない。開発工程に入ってからも不測の事態が起きた。海外での雇用情勢や法制度が変わり,仕様変更が続出したのだ。

 変更による手戻りは当然,開発スケジュールを圧迫した。2005年6月の段階ですでに,スケジュールは2カ月遅延していた。N社はSEを増員して必死に追い上げようとしたが,7月末になっても状況は好転しなかった。

 そんなある日,Nシステムズの営業担当者が開発ルームを訪ねてきた。Cさんに折り入って話があると言う。Cさんが先を促すと,その営業担当者は「誠に申し上げにくいんですが,開発費を増額していただきたいんです」と言い出した。Cさんは驚きのあまり,すぐには言葉が出なかった。

 Nシステムズの言い分はこうだった。開発遅れの原因は,A社が要件を詰め切れていなかったことと,仕様変更が相次いだこと。開発ミスによる遅れではないから,追加した工数分の費用を払ってほしい――。

 Cさんは思わず,「おいおい,こっちのせいにするなよ」と声を荒げた。営業担当者は動じず,「正直言って,現時点で当社はかなりの赤字なんです。このままでは,システム品質を保証できなくなります」と丁寧に,だがきっぱりと言い切って頭を下げた。結局,Cさんはその迫力に押し切られて,「検討してみる」と言ってしまった。

 Cさんがベンダーからの増額要求を伝えると,E課長は「冗談じゃない。そんなこと,絶対に許されないぞ」と言下にはねつけ,「あの仕様変更は仕方なかった。経済情勢の変化や法制度の改正なんて,不可抗力だ」と言い張った。さらに,「ごねられる度に費用を積み増しては,ベンダーの思うつぼじゃないか」とCさんを責めた。

 その夜,帰宅したCさんに妻が「会社で何かあったの?」と尋ねた。それほど,Cさんは暗い顔をしていた。Cさんは,「別に。少し疲れただけだ」とそっけなく答えて,冷蔵庫からビールを取り出した。

 入社して15年,社内の情報化にかかわり無我夢中で働いてきた。必要な専門知識や技術はその都度,一通り自分のものにしてきた。自分のキャリアには,それなりに満足していた。しかし,今日の出来事でそうした自負心は吹き飛ばされた。

 Cさんは,同期入社の仲間を思い起こした。営業部門の敏腕マネジャーとして第一線で活躍している奴,現地責任者として海外拠点に栄転していった奴。それに引き換え,自分はどうだ。仕様変更やコスト,納期に振り回され,ユーザーとベンダーの間で右往左往しているだけではないか。Cさんは,自分だけ取り残されていく気がした。「こんなことを,いつまで続けていくのだろうか」。ビールはいつもより苦かった。

ビジネスの当事者意識を欠く

 翌朝,重い足取りで出社したCさんを,上司のG部長が会議室に呼び出した。「営業部門からクレームが来た。開発コストのことで,トラブってるそうだね」。Cさんは,「はい。ベンダーからの増額要求と,それを突っぱねるユーザーとの板ばさみになっています」と率直に答えた。

 すると,G部長の口から思いも寄らない言葉が出た。「C君,プロジェクトが計画通りに進まない原因は,君たちにもあるんじゃないのか」。Cさんはさすがに憤然とし,「私は何も,事態を静観していたわけではありません。プログラムやドキュメントをチェックしたり,テストデータを準備したり,休日返上でスケジュール回復に努めています」と胸を張った。

 G部長はCさんに,「では聞くが,最初の要件定義ではユーザーと議論を尽くしたかね?」と問い掛けた。Cさんは,「いいえ。それはユーザーが決めるべきことで,私たちが口を出すことではないですから」と答えた。G部長は「その後の詳細設計は?」と質問を続けた。「当然,Nシステムズに任せましたよ」。

 G部長はちょっと考えてから,再びCさんに尋ねた。「君は,10~15年後の自分を想像できるか?」。Cさんは,昨晩考えたことを思い出し,「あまり夢は持てませんよ。どうせシステム部門はコスト・センターですから」と吐き捨てるように言った。

 その途端,G部長の雷が落ちた。「甘えるな。どんどん進化するITを武器に,企業を成長させることが,我々のミッションだろう」。びくっとしたCさんに向かってG部長は,「ユーザー部門から出てきた要求をベンダーにただ丸投げするだけのシステム担当者に,存在意義はない」と言い残し,会議室を出て行った。Cさんは,ショックでその場を動けなかった。

今回の教訓
・エンジニアは,技術だけに目をむけず,企業人として成長せよ
・システム部門は,事業創造に不可欠なプロフィットセンターである


岩井 孝夫 クレストコンサルティング
1964年,中央大学商学部卒。コンピュータ・メーカーを経て89年にクレストコンサルティングを設立。現在,代表取締役社長。経営や業務とかい離しない情報システムを構築するためのコンサルティングを担当。takao.iwai@crest-con.co.jp