エノテック・コンサルティングCEO
米AZCAマネージング・ディレクタ
海部 美知 エノテック・コンサルティングCEO
米AZCAマネージング・ディレクタ
海部 美知

 アメリカは広い。物理的に広いだけでなく,文化や商売のエコシステムも地域ごとの独立性が強い。通信とネットワークの世界でも,「金融のニューヨーク」,「技術のシリコンバレー」,そして「気が遠くなるほど広大なその他地域」では種々の面が異なり,時には深刻な対立も起こる。

 ネット型オープン文化のシリコンバレー人にとって,米グーグルは大手携帯電話事業者の支配に挑戦するネット界の“英雄”である。その一方で米国の通信業界は,旧AT&Tの本拠地やウォール街のある東海岸の勢力が強い。ここを本拠とする米ベライゾン・コミュニケーションズは,堅固なネットワークが売り物の東部代表である。

 これまで固定系に限定されてきたシリコンバレー陣営だが,2007年はモバイル業界に西方からの強風が吹き荒れた。6月の米アップルのiPhone発売,10月のグーグルのAndroid発表,そして12月にはグーグルが2008年1月に始まる700MHz周波数帯の競売に参加すると表明した。

モバイルでのそれぞれの事情

 ネットワーク中立性を巡る議論でも,グーグルとベライゾンが両陣営の先鋒だった。舞台をモバイルに移した第2戦では,この両者の対立がいよいよ鮮明になってきている。

 グーグル陣営は,「OSも機器もオープンにして通信事業者からの制約を弱め,モバイルでもネットワークを安価にすべき」と主張。そしてユーザーにとっての“正義の味方”を自認している。

 通信事業者にも言い分がある。グーグルなどのネット企業は,大容量の固定インフラをふんだんに使い,膨大な量の,ある意味で無駄なトラフィックを流すことがビジネスモデルの基本にある。ところが周波数に限りがあり制約が大きい無線環境では,固定ネットのようにインフラの供給量を簡単に増やせず,料金を下げづらい。それなのに,オープン化と称してトラフィックをじゃぶじゃぶ流されるのは困る。

 ウォール街にいるバンカーたちは基本的に文系であり多忙でもあるため,習熟の必要なデータ系サービスよりも音声をとことん使うことを伝統的に好む。彼らを得意客とするベライゾンにとっては,音声の帯域が圧迫されることは絶対に許されない。

 さらに広大なその他地域は,車社会ということもあって現在でも音声が中心。オープン化のニーズは弱い。むしろ,携帯電話のパソコン化によって操作が難しくなったり,ウイルスを心配したりするよりも,通信事業者が全部面倒を見てくれる現行の携帯電話の方がいいと,思っている人が多い。

 グーグルの発言を聞いていると,“シリコンバレー人の発想”という印象をぬぐえない。ベライゾンの頭が固いのにも,理由がちゃんとあるのだ。

 そうは言いながら,モバイルのオープン化は時代の流れであり,ベライゾンもオープン化容認を表明している。

 東と西,どちらが正しいと決めることはできない。両者が争いせめぎ合いながら,新しいバランスへと移行していく。この試行錯誤の道筋が,この国の難しさであり,また強さでもある。

海部美知(かいふ・みち) エノテック・コンサルティングCEO,米AZCAマネージング・ディレクタ
 NTTと米国の携帯電話ベンチャーを経て,1998年から通信・IT分野の経営コンサルティングに携わる。シリコンバレー在住。
 私が10年住み慣れたニューヨークからシリコンバレーに移って8年になる。サブプライムローン騒ぎで,当地でも家がなかなか売れないが,それでもまだ値段は高い。やはりここは魅力のある土地なのだ。