執筆:木下 敏之=木下敏之行政経営研究所代表

 こんにちは。二年前まで佐賀市の市長をしていた木下敏之といいます。現在は、木下敏之行政経営研究所の代表として講演や執筆活動をしながら、自治体を少しでも良くする活動をしています。また、省エネやITのベンチャービジネスの経営に携わっています。このコラム「自治体を変えるためのヒント」では、日々の活動の中で感じたことを隔月で皆さんにお伝えしていきたいと思います。

先進事例への視察が、ほとんど生かされない不思議

 さて、私は今、省エネのベンチャー企業の経営に携わっています。ちょっとしたことで大幅に電気代を節約できる方法がいくつもあるのですが、これを営業のときに説明すると、タダでマネをされてしまう危険があり、毎回非常に気を使います。ノウハウはうかつにはしゃべれない――この当たりがまず「役所とは違うな」と感じた点でした。

 ある製品について特許をとるかどうかも検討しているのですが、特許の範囲を十分に広くしたつもりでも、他の会社がこれをヒントにして別の方法を考え付く可能性もあります。それで特許をとる話は見送りになりました。この話を友人にしたところ、彼の会社が扱っているある製品は大手メーカーから特許の侵害を受けているのだそうですが、裁判をするだけのお金と時間がないので、泣き寝入りしているそうです。お金を稼がないとつぶれてしまう企業間の競争の凄まじさを実感しています。

 役所の世界は全く逆です。無料(あるいは"資料代実費"程度の金額)で他の自治体ノウハウを提供してもらえるのに、また、他の自治体の優良事例が雑誌などで頻繁に掲載されるのに、ちっともマネをしようとしないのです。

 佐賀市役所は2001年10月に総合窓口を導入しましたが、ありがたいことに先進的な総合窓口の取り組みを行っている松山市の中村時広市長のご好意で、同市役所の業務マニュアルなどそっくりマネをさせていただきました。その後、佐賀市には100を超える自治体が総合窓口の視察にこられましたが、実際に総合窓口を導入した自治体は1割以下でした。また、佐賀市役所が導入した低価格の住民票の写しの自動交付機(一台350万円。従来は800万円前後が相場だった)についても、なかなか普及していきません。

 以前、富士通総研の仕事で自治体の総合窓口についての調査をしたときの話ですが、総合窓口を導入している自治体はどこも業務マニュアルを作って文書化しているのですが、不思議なことに、ほとんど同じ内容にもかかわらず、各自治体が一からそれぞれ独自にマニュアルを作成しているのです。これなども、さすがにタダというわけには行かないと思いますが、例えば松山市役所が作成した業務マニュアルをコピーさせてもらい、それをベースにして各自治体がマニュアルを作成するようにすれば、大いに手間が省けます。

 どうしてマネをしないのか。稼がないとつぶれる企業と「親方日の丸」の企公務員の違いだといってしまえばそれまでですが、自分の自治体の将来を考えるなら、役所もマネをどんどんするべきです。マネをして住民のためになるのであれば、それは素晴らしいことではないでしょうか。

「夕張希望の杜」を応援するメルマガを作りました

 昨年末、私はひょんなことから、経営破たんした夕張市立総合病院の経営を引き継いでいる「医療法人財団 夕張希望の杜」の日々の活動をお知らせするメールマガジンを創刊しました。

 九州の佐賀市の市長をしていた私が北の大地にある夕張にかかわるようになった経緯は、私のサイトに詳しく書いているのでここでは簡単に述べますが、夕張市の人口は現在1万2700人程度で、そのうちの65歳人口は約5000人、高齢者率は40%達します。人口減少、高齢化、自治体の財政破たん。このトリプルパンチに見舞われる自治体は、年を追うごとに増えて行きます。このような状態になったときに地域の医療や介護を続けていくにはどうするか。

 夕張希望の杜が日々取り組んでいることは、成功したことも失敗したことも含めて多くの自治体の教訓になります。そこで、メールマガジンという個人でも低コストで情報発信ができる手段を使って、夕張希望の杜で働く医師をはじめとした関係者に寄稿してもらって情報を流すことにしたのです。

 この夕張希望の杜の応援をするメルマガはこのような貴重なノウハウを無料で提供していますが、収益のモデルも持っています。趣旨に賛同していただける会社から広告をいただき、経費を差し引いた残りを夕張希望の杜に寄付することにしています。まだ読者数が少ないので、たいした金額にはなりませんが、このメルマガを社会貢献に使う仕組みはいろいろなところに応用できるはずです。

 例えば夕張市などは、メールマガジンの活用という方法をすぐにマネして使えるのではないでしょうか。夕張市長が何を考え、また、財政破たんした自治体ではどんなことが起こるのか。それを頻繁に情報発信するメルマガを発行すれば、全国の自治体関係者をはじめ読者は数万を簡単に超えるでしょう。なにしろ、「夕張市」というのは、今やある意味でブランドであり、夕張市の情報はキラーコンテンツなのですから。

 夕張市のサイトは1月22日にリニューアルされていて、「市長の部屋」というコーナーでは、藤倉市長が自分の言葉で原稿を書かれています。これから、国や北海道庁に慮ることなく、本音をどんどん書いていただけると期待していますが、できれば週二回程度のメールマガジンを発行して、そこで広告を取り、市内の企業のPRなどを展開すれば、市役所の財政だけでなく地域経済にも相当のプラスになるはずです。

 また、夕張市長への電子メールは出せないようで、お話したいことがあれば手紙でということなのだそうです。これは、とても残念なことです。メールを出してこられた方の返事に、特産品のサイトの案内や『幸福の黄色いハンカチ基金』への寄付のお願いなどされたらよいのに、みすみすチャンスを逃されていて、とてももったいないなと思いました。

 夕張市の新しいサイトは、バナー広告の募集もしていました。夕張市にとっては新たな取り組みです。ただ、申し込み書の送付にはメールもファクスも使えず、郵送か持参のみとなっています。一枠2万円のという比較的手軽な料金の「商品」なのですから、申し込み方法も、もう少し手軽にしてもよいのではないでしょうか。自治体サイトへのバナー広告事業に積極的に取り組み、年間3200万円(2006年度実績)の収入を得ている横浜市では、メールとファックスで申し込みが可能になっています。

 自治体を変えるヒントは、このようにごろごろ転がっています。こんな感じで、これから隔月の連載をさせていただきますので、よろしくお願いいたします。

木下氏写真

木下 敏之(きのした・としゆき)

木下敏之行政経営研究所代表・前佐賀市長

1960年佐賀県佐賀市生まれ。東京大学法学部卒業後、農林水産省に入省。1999年3月、佐賀市長に39歳で初当選。2005年9月まで2期6年半市長を務め、市役所のIT化をはじめとする各種の行政改革を推し進めた。現在、様々な行革のノウハウを自治体に広げていくために、講演やコンサルティングなどの活動を幅広く行っている。東京財団の客員研究員も務める。著書に『日本を二流IT国家にしないための十四か条』(日経BP社)。