大いなるICTの実験場――。1月30日から2月1日に開催された「ITpro EXPO 2008」の展示会場での新しい試みとして,「ICタグ付き入場パス実験」と並んで実施されたのが「ワンセグ・トライアル」である(写真1)。

写真1●ITpro EXPO 2008では,エリアを限定したワンセグ配信実験「ワンセグ・トライアル」を実施した
写真1●ITpro EXPO 2008では,エリアを限定したワンセグ配信実験「ワンセグ・トライアル」を実施した
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 今回は,ITpro EXPOの会場となった東京ビッグサイトの西ホール1と2,さらにその間のアトリウムにエリアを限定したワンセグ配信実験を実施した。入場ゲートのすぐ脇に「ワンセグ実験センター」を配置し,ワンセグ・ケータイを持つ入場者への参加を呼びかけるとともに,ワンセグ電波を実際に送出している放送局用設備を展示。さらに,現在ワンセグで配信している映像を大型ディスプレイに表示した(写真2)。

 ワンセグ・トライアルは,来場者に大好評だった。参加していただいた入場者へのアンケートで「次回以降のワンセグ実験への参加」について聞いたところ,実に95.2%が「ぜひ参加したい」または「できれば参加したい」と回答した(アンケート結果の詳細は最終回を参照)。

写真2●「ワンセグ実験センター」
写真2●「ワンセグ実験センター」
アトリウムに設営したワンセグ・トライアルのブース。配信する放送局用設備や配信映像を映し出す大型ディスプレイを展示。
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 そのおさらいとして,プレビュー記事で書ききれなかったワンセグ・トライアルの詳細とその舞台裏,実際の実験の様子などをまとめて紹介しよう。具体的には,今回の[I]無線局免許の取得に続けて,[II]システム詳細[III]映像コンテンツの制作[IV]データ・コンテンツとデザイン[V]会場設営と当日の配信[VI]アンケート結果――といった内容について見ていきたいと思う。

 まずは実験局免許の取得に関する裏話からだ。

ワンセグ専用装置で「技術の新規性」をクリア

 プレビュー記事でも書いたように,ワンセグ用の電波は誰が出してもよいというものではない。ワンセグはあくまで,地上デジタル放送の周波数帯域を利用して,携帯端末向けに映像やデータを流すしくみだ。周波数帯域はテレビ局に割り当てられたもので,テレビ放送に悪影響を与えないように,厳密に管理されている。そのため,今回のような実験を実施するためには,まず総務省から無線実験局の免許を取得する必要がある。

 しかし,日経BP社に無線局の免許を取得するためのノウハウなどいっさいない。そこで,実験に関する話を進めていた日立製作所に紹介していただいたエリアポータル社に協力をお願いすることになった。エリアポータルは,エリア限定のワンセグ実験で実績を持つ企業である。展示会を半年後に控えた2007年7月18日,エリアポータルと第1回目の会合をもった。

 ワンセグ放送の実験局免許を取得するにはさまざまな条件がある。その中でも特に高いハードルだと想定されたのが「技術の新規性」である。制度上では,エリア限定ワンセグはあくまで“実験”に位置づけられる。ここでいう“実験”とは,技術的な検証を行う実験を指す。すでに検証された技術は,実験の対象とはならない。つまり,実施済みの実験と同じ技術を使ったものでは,電波行政の主管庁である総務省から実験局免許を取得できないというのだ。なんらかの技術的な新規性が求められるのである。

 そこで今回の実験では,日立製作所が開発中の装置を利用する方向で話を進めることにした。この新しい装置は,ワンセグに特化したものだ。従来は,エリアを限定してワンセグ電波を流す実験でも,地上デジタル放送で使う13セグメントすべての電波を流していた。実際に情報が乗るのは1セグメントのみで,残りの12セグメントは意味のない「ヌルデータ」を配信する。

 それに対して新開発の装置は,ワンセグに使う1セグメントの電波だけを送出する。狭い帯域しか使わないので,低い出力で広いエリアをカバーできるというものである。「このシステムであれば技術的な新規性に問題はないので,間違いなく実験局免許が取得できるはず」と日立製作所とエリアポータルが太鼓判を押したシステムである。

免許人をだれにする?

 エリアポータルに,免許関連のお手伝いをお願いすることは決まった。しかし,話を進める前に一つクリアすべき点があった。それは,実験の主体となる無線実験局の免許人をどこにするかという点だ。選択肢は三つあった。それは,(1)イベントの主催者である日経BP社,(2)設備や運用ノウハウを持つエリアポータル,(3)実験を実施する場所の東京ビッグサイト――である。実は,この調整に時間がかかってしまった。

 日経BP社としては,今後東京ビッグサイトで主催する展示会でワンセグを利用した情報配信を継続的に実施したいという思惑があった。そのためには,できるだけ長期間にわたってワンセグを利用できるような免許を取得したい。そうであれば,年に数回しか東京ビッグサイトを使わない日経BP社が免許人になるよりも,東京ビッグサイト自身に免許人になってもらったほうが好都合。東京ビッグサイトにとっても,「東京ビッグサイトの展示会にはオプションでワンセグ配信サービスを提供する」というウリができるというメリットがあると考えたのである。

 そこで,東京ビッグサイトにこの話を打診した。2007年9月のことである。9月中に東京ビッグサイトから返事を受け取り,準備を進めようと計画した。しかし,なかなか色よい返事がもらえない。当初設定していた期日を過ぎたが,交渉を続けた。

 そのころ筆者は,ITpro EXPOのワンセグ・トライアル以外の仕事に手を焼いていた。日経BP社では,10月に「IPコミュニケーション&モバイル 2007」や「Security Solution 2007」といったイベントを実施した。筆者の本業である雑誌編集に,こうしたイベントの主催者企画や運用などの業務が加わり,なかなかITpro EXPOのワンセグ・トライアルまで手が回らない状況になってしまっていたのだ。

 そうこうするうちに時間は過ぎていった。結果としては,東京ビッグサイトを説得できず,10月末の段階で日経BP社が免許人となって,できるだけ長期間(可能であれば1年程度)の免許を取得するという方向で申請を行うことを決めた。「半年程度の期間なら前例がある」(エリアポータル)という話を受けた格好だ。この時点で,本番の実験まで3カ月と迫っていた。

想定外! 総務省本庁へ

 無線実験局の免許申請にはさまざまな資料をそろえて総務省に提出する必要がある。とりあえず必要なのは,実験の概要をまとめた「実験計画書」だ。実験計画書には,実験の目的,内容,実験システムの設備の概要などをまとめる。この資料は,打ち合わせの内容を踏まえて,エリアポータルおよび日立システムアンドサービス(以下日立システム)が中心となって作成した。なんとか資料を準備できたときには,すでに12月に入っていた。

 ある程度資料が準備できたら,まず総務省の関東総合通信局に内容を説明に行くことになる。無線局免許の発行は総務省本体ではなく,各地方の総合通信局の担当なのだ。いきなりすべての資料をまとめて免許の申請を出しても,修正が必要となる個所や資料の不備を指摘されたりするので,まず説明に行くわけだ。

 アポイントメントをとり,最初に関東総合通信局の放送部放送課を訪ねたのが12月5日である。筆者はエリアポータルと日立システムの担当者に同行してもらい,実験の概要を説明した。

 免許人は日経BP社。実験の目的は,日立製作所が開発中のワンセグ専用装置の検証と,展示会でワンセグをどのように活用できるかというサービス面での検証を挙げた。

 本来であれば,ここで細かな注意があり,書類を整えて後日正式に申請の手続きとなるはずだった。しかし,そうはならなかった。対応してくれた監理官に,「まず本庁(総務省)に行って概要を説明してくるように」と言われてしまったのだ。

 この状況に,エリアポータル並び日立システムの担当者も面食らった様子。実験局免許の申請手続きであれば関東総合通信局内で済むはずだからだ。しかし,考えている暇はない。実験本番まで2カ月を切っていた。その日のうちに,総務省情報通信政策局地上放送課に連絡を入れ,翌日の12月6日の午後のアポイントメントを取り付けた。