ちょっと前のある深夜,原稿を書く手を休め,ITproのトップページをぼんやり眺めていた時,閲読ランキングの1位に妙な記事が入っていることに気づいた。「独占禁止法は妄想の産物」と題された,マイクロソフトの独占に関して書かれたコラムである。「妙な」とは,この記事が5年以上も前に公開されたものだったからだ。

 実は,この記事を書いたのは筆者である。5年前,ITproに連載していた「ネクスト・ソサエティを読む」という連載コラムの第13回目として,「マイクロソフトと企業分割」という題名を付けて公開した。その後,経営とIT新潮流というWebサイトを作り,「ネクスト・ソサエティを読む」の全文を入れ直した際,「独占禁止法は妄想の産物」という題に改めた。

 突然ランキングに入ったのは,マイクロソフトがヤフーの買収に乗り出したことを受け,どなたかが拙稿を検索し,リンクを張ったか引用したためであろう。昔の記事が突然読まれる点は,Webサイトの面白いところの一つである。改めて自分のコラムを読み直し,いくつか思ったことがあるので,続編として書いてみたい。

 前回記事は,社会生態学者のピーター・ドラッカー氏が遺した「反トラスト法はアメリカの法律家の妄想の産物」という言葉をもとに,IBMとマイクロソフトを比較したものであった。ドラッカー氏は「独占は新規参入者に味方し,新規参入者を支援するだけのものである。しかもあらゆる独占が,放っておいても崩壊する」と述べている。確かに,IBMの独占は,ドラッカー氏がいう通りの結末になった。

 以前にも書いたことがあるが,かつてのIBMと今のマイクロソフトには共通点がかなりある。思いつくままに列挙してみる。

●創業者が成功を導いた(IBMは創業者の息子がコンピュータ事業進出の指揮をとった)。
●独占と言えるだけの高い市場占有率を誇り,政府当局や競合会社から訴えられ,長い間係争を続けざるを得なかった。
●市場を独占できたのは,卓越した販売力・マーケティング力があったからである。
●長い係争を続けた結果,本社部門の法律家・弁護士部隊が肥大し,何をするにも口を出すようになった。
●顧客が他社製品に乗り換えられないようにする,いわゆる囲い込み戦術に長けていたが,それが顧客から不評をかった。
●自社製品と他社製品をつなぐためのインタフェース情報の公開を拒んでいるうちに,オープンな別の技術が標準となり,自社製品は高いシェアを誇りつつも,徐々に孤立してしまった。
●悪役の印象が定着してしまい,それを払拭するために様々な手を講じたが,改心したことをなかなか信用してもらえなかった。
●出遅れた新市場に参入するため,企業買収を繰り返した。
●ドル箱の製品がひたすら稼ぎ,新ビジネスで浪費する,という構図が長く続いた。
●基礎研究所にかなりの投資を続け,かなりの研究成果を上げたが,そこから売れる製品が生まれたという話は聞かない。
●シリコンバレーのIT企業と仲があまりよくない。とりわけサン・マイクロシステムズとオラクルの2社とは仲が悪い(マイクロソフトは数年前,サンと和解したが,やはり水と油の関係である)。

 違いももちろんある。IBMは独禁法を巡る係争で“シロ”となり,係争から解放され,企業買収や知的財産権を行使する攻勢に出た途端,業績不振に陥った。マイクロソフトは,米国においては多くの係争問題を終結させたものの,EUから執拗に追求されている。これはマイクロソフトにとって良いことかもしれない。

 前回コラムで両社の違いをこう書いた。


 IBMとマイクロソフトの明確な違いが一点ある。コンピュータ・メーカーとしてのIBMを事実上創業したのは,トーマス・ワトソン・ジュニアであった。彼はCEOを務めた後,あっさりと引退してしまい,それ以降は経営にまったくと言ってよいほど口を出さなかった。その後,数代にわたってCEOが交代していった。これに対し,マイクロソフトはCEOこそビル・ゲイツからスティーブ・バルマーに代わったが,両者ともマイクロソフトに残っている。つまり創業以来,経営者は交代していない。これがマイクロソフトにとって吉とでるか凶とでるか,筆者は判断できない。ただし,インターネット関連戦略を巡って行われた,劇的と言える事業方針変更を見ていると,今のところは吉とでていると言える。

 この文章を書いてから5年経ち,いよいよゲイツ会長の引退が迫ってきた。マイクロソフトは,今のIBMのように,重要だが地味な存在になっていくのだろうか。