2001年度から運用業務を全面的に見直し、障害件数を20分の1以下に抑えた東京海上日動火災保険。04年度からはITILをベースに磨きをかけてきた。ただ、安定稼働が続くと、“トップの現場離れ”や“現場の慣れ”がPDCAを形骸化させる。同社も例外ではなかったが、様々な工夫で、その課題を克服してきた。

東京海上日動システムズ 常務取締役 島田 洋之
同 ITサービス本部 ITサービス管理部長 小林 賢也

 保険ビジネスのIT依存度が高まる中、東京海上日動が利用するシステムの規模は拡大し続けている。

 メインフレームは8プロセサ・5100MIPSで、プログラム総数は8000万ステップ。このほかオープン系サーバーが1200台ある。社内や代理店などにあるクライアント端末は30万台を超え、そのトランザクション(勘定系オンライン)は月間約1億件、ピーク時には1日720万件に達する。加えて、月間2500万枚の印刷物、2万枚の電子メディアを作成、発送。100社を超える企業とのデータ交換も行っている。

 こうしたシステムで障害が起きると、即座にビジネスに大きな影響を与えかねない。システムの正確性と安定性、そしてセキュリティの確保の要請は日々高まっている。そのシステム運用を一手に請け負っているのが、当社、東京海上日動システムズである。

 「確実な作業と、その確認・評価・改善」―。愚直なまでの基本動作の繰り返しが、安定稼働を支えている。ただ、それは一朝一夕に実現できたものではない。かつて、障害が頻発し利用部門から次々とクレームが寄せられるような危機的状況を経験し、試行錯誤を繰り返しながら、一歩一歩、改善活動を重ねてきた結果だ。

 しかし、改善活動に終わりはない。少し気を緩めれば、すぐに形骸化してしまう。今も「リスク・コントロール」をベースに改善活動を継続的に行っている。

 本連載は、当社が、どのように業務改善を進めながら、ITサービスとしてシステム運用を実現しているのかを紹介する。同じく運用に携わる方々の業務遂行の一助になることを願うとともに、私たち自身、改めて整理することで、ITサービス・マネジメント力を一層高めたいと考えている。

 第1回は、これまでの改善活動を踏まえて、現状のITサービス・マネジメントの基本的な考え方をお伝えする。次回以降は、改善活動のなかでも特に重要な「サービス・レベル管理」や「問題管理」、「移管管理」、「外部委託管理」などの詳細を紹介。最後に、「組織」や業務の成否を握る「人材育成」にも言及する予定である。

運用をITサービスとしてとらえる

 現在、東京海上日動などで構成するミレアグループのシステム運用を担っているのは、当社ITサービス本部に所属する約230人の社員と、約50社のパートナー企業である。この組織名が示すように当社は、システム運用を「ITサービスの提供」ととらえている。そうしなければ、今日的なシステム運用業務を全うできない恐れがあるからだ。

 今日的なシステム運用業務の特徴は、大きく二つある。一つは、24時間365日、情報システムを業務で有効活用できるようにすること。しかもそれを、適正なコストで提供する。もう一つは、従来以上にセキュリティの維持・確保に気を配らなければならないことだ。単なるコンピュータの運行や運用という意識では、これらを実現することはできない。情報システムの機能を安定的・正確に利用者に届ける「ITサービスの提供」としてとらえるべきと考えている。

 このような認識を持った背景には、“苦い”経験がある。かつて、トラブルが頻発していた時期があったのだ(図1)。2000年度に、代理店向けや社内向けシステムで起きたトラブルの件数は実に159件に上る。運用部隊には、利用部門や代理店から次々とクレームが寄せられ、信頼が保てるかどうかの瀬戸際だった。

図1●東京海上日動火災保険のシステム・トランザクションと運用系トラブルの件数
図1●東京海上日動火災保険のシステム・トランザクションと運用系トラブルの件数

 障害の要因はいくつもあった。メインフレームに比べて運用管理の手法が未整備・未確立のオープン系システムが一気に増加。約1000台のサーバーで20種類を超える基盤・運用環境を構築するまでになっていた。オンライン機能の拡充やイントラネットの活用推進で、トランザクションが急増していた。運用の品質や効率の問題が、障害という形で現れていたのである。

 改善活動として、まず取り組んだのは、ビジネスを起点に、システム運用の各プロセスを整理、明確化、可視化することだった(図2)。この際に参考にしたのが、システム運用のベスト・プラクティスであるITIL(ITインフラストラクチャ・ライブラリ)だ。

図2●2001年から継続的にシステム運用の業務改善に取り組んでいる
図2●2001年から継続的にシステム運用の業務改善に取り組んでいる
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 併せて、利用部門である東京海上日動とともに、どのような運用サービスをどのレベルで提供するのかを明確にし、サービス・レベル・アグリーメント(SLA)を締結した。その上で、SLAに基づいて、サービス品質を定期的に認識、評価、分析し改善するサービス・レベル・マネジメント(SLM)の体制を整備した。業務改善のPDCAサイクルを回すためである。

 2003年には、このPDCAサイクルに外部委託会社を加えた。あらかじめ双方で合意した評価基準に基づき、認識、評価、分析、改善のサイクルを構築したのだ。これは、運用業務における外部の専門事業者の割合が高まるにつれ、委託サイドの管理責任が重要になってきたためである。

 その後も、情報管理の強化など、実効性のあるPDCAサイクルを実現すべく改善に取り組んできた。