システム運用をITサービスとしてとらえ、いかにして業務を改善しながらシステム運用力を強化してきたか――。その具体的な内容を紹介する連載の第2回は、すべての起点となるSLA(サービス・レベル・アグリーメント)を説明する。SLAをベースにPDCAを回したからこそ、組織的な対応が可能になった。

東京海上日動システムズ 常務取締役 島田 洋之
同 ITサービス本部 ITサービス管理部 サービスレベル管理担当 大場 典雄
同 問題管理担当 小川 創也

 システム運用の改善活動に終わりはない。東京海上日動火災保険のシステム運用を一手に引き受けている当社、東京海上日動システムズでは、試行錯誤しながらも、リスク・ベースの改善活動に取り組むなど、新たな挑戦を続けている。

 こうした改善活動の基盤になっているのが、利用部門と締結しているSLAだ。SLAでは、日々行っている業務を単なる「システムの運用」ではなく「ITサービスの提供」ととらえて、提供するサービス・レベルを明確化する。SLAで定めた目標値の達成を目指すことで、運用プロセスそのものの改善サイクルも回り始めた。今回は、このSLAを中心に、サービス・レベル管理と問題管理について説明する。

SLAが正のスパイラルを生んだ

 「年間150件を超すシステム障害が発生する」という緊急事態に直面した2000年当時、まず取り組んだのが、利用部門とSLAを締結することだった。

 SLAを締結することは、「サービス・レベルを明確にする」こと以外に、様々なメリットがある。

 まず、「自分たちが提供するサービスとは何か」を改めて整理できる。SLAにおける項目(指標)や目標値を設定するためには、サービスの明確化が必要不可欠だからだ。当社でいえば、「オンライン・サービス」と「データ作成・配送サービス」という二つに分けられる。安定的にオンライン・サービスを稼働させ、正確なアウトプットを作成して適切なタイミングで確実に送付し、利用者のビジネスに貢献する―これが、求められていることの本質であると認識できた。

 個々のサービスについてSLAの指標を定めて目標値を設定し、その目標値の達成を目指す。そこでは、運用プロセスの問題点があぶり出される。実際、SLAの目標を達成するために運用プロセスの整理と可視化をしていくと、「業務の属人性が高い」ことや、「作業の必要性や効率性を確認する管理スキームが明確でない」といった問題点が次々と明らかになった。

 問題点を解決するために、業務の標準化とマニュアル化を推進し、その確実な実施と振り返りという「基本動作の徹底」を積み重ねた。同時に、各種の管理指標を整備し、継続的なモニタリングを実施していった。

 こうした作業を進めていくうちに、運用メンバーの意識が変わり始めた。「トラブルが起きたら一生懸命復旧する」という意識が、「いかにトラブルを起こさないか」を考えるようになったのだ。SLAを起点に、コンピュータを稼働させることから、サービスを提供する意識に変わった。その結果、日々の障害対応に追われて事前の対策が取れないという負のスパイラルから抜け、品質向上へ向かう正のスパイラルが動き始めた。

 SLAをベースにITサービスを可視化することは、利用部門や社会に対する説明責任を果たすことにもつながる。「システム運用を適切に、確実に実施していること」を証明するのは難しい。それが、SLAの明確化とその達成度を示すことで実現できる。リスク管理やガバナンスの強化という点で極めて重要だ。

SLA指標は利用者視点でシンプルに

 もちろん、SLAの指標や目標値を決めることは容易ではない。

 指標は、利用者への影響を中心に、シンプルに分かりやすくした。オンライン・サービスについては「稼働率」、データ作成・配送サービスでは「誤処理件数」や「遅延データ数」などである(表1)。全部を合わせても10個以下だ。特徴的なのは、全体の信頼性を評価する指標として「お客様迷惑度」を定めたことである。お客様迷惑度とは、利用部門に対する障害の影響度を測るために設けたもの。業務の重要性や影響範囲、障害発生時のピーク性や再発の有無などを基に数値化する。

表1●東京海上日動火災保険と結んでいるSLAの内容
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表1●東京海上日動火災保険と結んでいるSLAの内容

 目標値も、利用者への影響度を勘案して設定する。ただし、「すべての業務を完全に実施する」という考え方はしない。サービス・レベルは、コストとトレードオフの関係にある。目標設定に無理があると、実効性が失われてしまう。例えば同じオンライン・サービスでも、メールなどの情報系基盤の稼働率は、他の社内業務系オンライン・システムよりも1%程度低くしている。データ作成・配送サービスでも、お客様や代理店向けでは誤処理件数の目標値を0件としているのに対して、社内向けは月3件まで許容している。

 なお、東京海上日動におけるSLAでは、ペナルティやインセンティブの制度は設けていない。自己責任による改善を目指しているためだ。