移行計画書の精度を上げるポイントの三つ目は「権限と統制」。移行体制を検討するときには,本番時だけでなく,移行テストなどを含む移行期間全体を考慮する。また,平常時だけでなく,トラブルが発生したときにどうするか,トラブルを発生させないためにどうするかまで考えたい。

 十分なセキュリティ対策,内部統制を施しているシステムであっても,移行作業中はイレギュラーな運用形態となる。脅威にさらされるリスクが高い(図1)。ネットワーク越しにウイルスに感染したり,メンバーが不正行為や作業ミスを犯したりという事態である。

図1●移行中に保護すべき対象と想定される脅威の例
図1●移行中に保護すべき対象と想定される脅威の例
移行中は,移行データを可搬性のメディアで持ち運んだり,ミスがないか確認するために多数の印刷物を出力したりしがちだ。内外からの様々な脅威が想定される。そのため,移行計画書の「4.4 移行テスト環境」に対策を記述する,「6 移行体制」に責任者を明記する――などが必要だ

 そこで明確化すべきなのは,移行メンバーの権限と統制だ。権限とは「アクセスできるデータの範囲」や「自分の判断で実行できる作業の範囲」などのこと。統制とは「作業内容の正しさを誰がチェックするか」や「誰の指揮に従って行動するか」などのことである。この二つは,システムと運用の両面で,できるだけ強制力を持つように設計する。

 例えば,移行テスト環境上のデータへの不正アクセスは,アクセス制御で防ぐとともに,セキュリティ・ログを取得してチェックする。さらに,パスワードは毎日変更し,要員の配置が変わったときにパスワードを再利用できないようにする。パスワードはカードに記述して移行作業者に渡し,1日の作業が終わったときにカードを回収し,パスワードを書き換える。

 本番中の移行体制も,メンバーの権限と統制が明確になるように考える。ただし本番は時間が限られているので,素早く状況を把握し,間断なく適切に判断,正確に実行できることに重点を置くべきだ。

 以下に五つの鉄則を挙げる(図2)。これを踏まえた体制作りを計画しよう。まず,トラブル発生時の役割分担や情報経路を決めておく(鉄則1)。移行作業はスペース的にゆとりが欲しいので,移行現場が手狭ならば,近隣に移行本部を設置する(鉄則2)。作業実施者や現場責任者には問題管理をさせてはいけない(鉄則3)。関係者に定期的に状況を周知する(鉄則4)。本番環境の操作は運用担当者に任せて開発担当者は支援に回る(鉄則5)。

図2●移行の体制を考えるうえでの五つの鉄則
図2●移行の体制を考えるうえでの五つの鉄則
体制を考えるときは,役割分担だけでなく,指揮命令や情報の経路まで決めておく。決めた内容は,移行計画書の「6 移行体制」に反映する
[画像のクリックで拡大表示]


必携! 移行計画書のチェックリスト

移行概要

check移行日と移行要件は明確か?
check移行要件に適した移行方式(一括移行・段階移行・並行運用)が選択されているか?
check移行の流れが分かりやすく記されているか?
check移行失敗による影響範囲は明らかか?
check移行失敗に伴う切り戻しの方針は記されているか?

移行対象

check移行する対象(データ・ネットワーク・クライアント・施設)は明らかか?
check現行システムと新システムの対応関係・変換関係は明確か?
check移行データの特性が明記されているか
check移行データの特性に合わせて移行タイミング(静止点・事前・差分・事後)を調整してあるか?
check変換ルールに適した移行ツールが検討・設計されているか?
check 移行したデータの正しさを検証する方法を定めているか?
check 移行要件に適さないデータが見つかったときの対処方針は明記されているか?

移行中(前後処理を含む)の影響

check移行中のシステム形態・運用への影響は明確か?
check移行中に対外システムへ与える影響は記述されているか?
check移行中に配慮すべきシステム監視項目が洗い出されているか?
check移行中の業務形態・運用への影響は明確か?
check移行中のバックアップ方針や災害対策指針は明らかか?

移行テスト

check移行ツールと移行検証ツールのテスト計画を明記しているか?
checkシステム移行だけでなく,業務移行のリハーサル方針が記されているか?
checkリハーサルの対象・時期・回数が明記されているか?
checkリハーサル環境の構成が明確か?
checkリハーサル環境へのアクセス制御方針は明確か?

移行スケジュール

check移行手順書の作成期間は見込んであるか?
check移行ツールと移行検証ツールの単体テストと結合テストは考慮されているか?
checkリハーサル環境は余裕を持って構築することになっているか?
check移行用の施設・設備の準備計画を含んでいるか?
check利用者や業務担当者の教育もしくは業務移行リハーサルがスケジュールに組み込まれているか?
check分かる範囲で移行の詳細手順が明記されているか?
check分かる範囲で移行の作業時間が見積もられているか?
checkスケジュールの見積もり根拠は明確か?

移行体制

check開発チームとは別に専任の移行チームが編成されているか?
check業務担当者を含めた移行体制が作られているか?
check役割分担は明確で,指揮系統など統制のルールまで固めてあるか?
check正常時だけでなく,トラブル時の体制を含んでいるか?

その他

check最初の移行計画書は詳細設計前に作成したか?
check新システムの設計の進展に伴い移行計画書を詳細化したか?
check移行計画書を構成管理の対象にしているか?
check業務担当者が読んでも理解できる記述レベルか?
check現行システムと新システムの両仕様に詳しい人のレビューを受けたか?
check業務ルールに詳しい人のレビューを受けたか?

監修:宇野和義 富士通 生産革新本部 SI生産革新統括部 SDEM推進部 部長,
作成:実森仁志