岩井 孝夫
佐藤 三智子

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

システムが出来上がるまでは確かに重要だが,それ以上に重要なのは本稼働後に生じる環境変化への対応である。環境が変わるたびに,システムの維持やメンテナンスに大きな労力やコストがかかるようでは困る。そうした事態を避けるために,一番重要なのは技術的な工夫ではない。環境の変化を見通す力を持つことだ。維持やメンテナンスにどう取り組むかが,これからの情報システムのキャスティングボートを握る可能性が大きい。

 自動車関連の中間製品を製造しているA社では,生産管理システムの再構築が長年の課題になっていた。最近になって,ようやく社内でプロジェクト・チームが結成され検討が始まった。

 製造部門が中心になって新システムの検討を進めるうちに,需要予測の部分は営業の受注見込みとの関連が深いことがわかった。そこでこの際,全社的なシステム再構築を視野に入れて一から検討しようということになった。とはいうものの,全社的なシステム再構築には時間も費用もかかる。このため生産管理システムだけを先行させて業務改善を含めた検討を念入りに行い,そのノウハウを横展開する形で全社的なシステム再構築を進めることにした。

 生産管理システムに対しては,従来から現場の不満が少なくなかった。このため,プロジェクトの検討会議では現場の担当者から活発な意見が相次いだ。こうした意見をこまめにすくい上げたことで,4カ月間にわたる業務改善検討期間が終わるころには,問題点のほとんどに解決のメドをつけた基本計画書が出来上がった。プロジェト・リーダーのF氏は,経営会議にこの基本計画書を提出して了承を得ることにした。予算的にも相当大きな額になるので,経営会議での説明にあたっては,将来への投資という視点を打ち出すことにした。

 経営会議で説明してみると,事前に予想した通り細かな部分にまで質問が及んだ。さらに社長から言われたのは,「いずれは全社システムに展開することを考慮して,拡張性のあるものにしてほしい」ということだった。

 基本計画書に関して一応の了承を得たので,F氏は早速具体的なシステム開発の段取りに着手した。開発の発注先については,これまでA社と取引のある企業以外にも提案してくれるよう声をかけた。その結果,生産管理システムに関する経験が多く,費用対効果の面で一番優れているP社を選んだ。

 すでに基本計画書が出来上がっていたため,基本設計から詳細設計には比較的スムーズに入ることができた。その後,生産計画部分の設計に入ると,「変動要素が多いので,さまざまな状況を可能な限りシミュレーションできる機能を豊富に取り入れてほしい」と現場が強く求めてきた。このため,生産計画部分の設計では,相当細かなところまで作りこむことになった。

 実際にシステムが出来上がって本稼働が始まると,細かい問題は発生したものの3カ月ほどたつと落ち着いた。ところがさらに3カ月ほどたつと,新工場の建設が経営会議で決まった。当然のことながら,新工場にも情報システムを横展開して導入することになった。F氏はさっそくP社に相談したが,P社の答えは予想外のものだった。「現状の生産管理のシステムは生産計画の部分の作りこみが特殊なので,新工場ではそのまま使用することはできない。使える部分もあるが残りは新規に構築することになる」という返事だった。

 現在のシステムが使えるものと信じていたF氏は予想外の返事に驚いた。あわててその理由を尋ねると,「生産計画の部分を作りこむときに,将来的にも生産計画は1カ所で行うという話だったので,細かな部分まで作りこんだ。それ以外の部分は横展開も可能だが,現在のシステムを修正するのと新しいシステムを作るのでは同じくらいの工数と費用がかかる。それなら新しいシステムを作ったほうが良い」という答えだった。

 たしかにシステム構築時には,新しい工場の建設が決まることなど考えていなかった。このまま新システム構築のりん議書を上げれば,経営陣から大目玉をくらうことは目に見えている。F氏はどうしたらよいか毎日悩んでいる。