岩井 孝夫
佐藤 三智子

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

情報システムは,今後ますます業務と切り離せなくなっていく。その結果,情報システムの評価は個別的な面と全体との整合性というようにさまざまな角度から行われるようになる。システム費用ついても,案件ごとにどんな効果が得られたかが問題になる。情報システムは縁の下の力持ちという扱いがまだ多く,社業への貢献を社内に知らしめることはあまり行われていない。経営陣を納得させるには「貢献度の積極的なPR」が不可欠だ。

 物販業のE社は,長年の懸案であった受注システムを昨秋に稼働させた。今回のシステムは,物流管理システムとも連動し,最新のIT(情報技術)を活用したものである。こうした効果によって,受注センターで働く要員を30名から20名に削減し,従来8億円もあった商品在庫金額を4億円に半減させることに成功した。

 とはいうものの,ここにこぎつけるまでは苦労の連続だった。不安定なソフトの修正,ユーザー教育のやり直し,システム機能に関する不具合の修正,現場支援体制のつまずきなどである。システム開発担当のR課長はシステムの稼働から6カ月が過ぎた最近になって,ようやく週末に自宅でのんびり過ごせるようになってホッとしている。

 そんなある日,R課長は上司のSシステム部長から,今回稼働させた受注システムの評価について報告するよう命じられた。聞くところによると,経営トップからの指示だという。これまでE社では,厳密なシステム評価をしたことはなかった。開発過程で修正を加えた最終開発目標と,現実のシステムを比較評価していたので,「計画通り」あるいは「若干の反省点はあるが,おおむね目的は達成」という評価が常だった。しかしながら,E社を取り巻く経済環境は悪化し,売り上げも低迷している。全社目標としてITの活用を掲げてはいるものの,「従来通りの評価でよいのか」という危惧が経営陣に強まっていた。

 今回の受注システムの開発においては,冒頭に書いたように要員削減と在庫圧縮のいずれでも成果を出している。しかし1年半前に開発プロジェクトを計画した時の稟議書に掲げた目標では,「受注センターの要員削減は半減の15名減」であったし,「在庫は無在庫を目指し当面は3億円とする」というものであった。加えて本稼働時期は1999年夏だった予定が3カ月遅れた。そればかりかシステム機能も一部削減せざるを得なかった。開発予算も当初計画の1.5億円を2000万円上回った。もちろん,開発途上で遭遇したさまざまな問題に対処するために,開発計画は3度も書き換えられている。そのため最終的な計画と稼働中のシステムの間には大きな違いはない。

 「ITが果たすウエイトの増大や経営環境の悪化といった変化を踏まえて,今回稼働させた受注システムを評価せよ」というこれまでにない指示に対して,R課長はどのような報告をすべきか困惑している。

システム評価を巡る新たな動き
情報化投資に採算性の考え方を導入

 中堅鉄鋼メーカーで情報システム課長を務めるM氏は,入社以来情報システム部門に所属し,大きなシステムをいくつも開発してきた。つい3カ月ほど前にも販売管理システムの再構築作業を終えたばかりである。

 今春,M氏の上司として新しい情報システム部長が着任した。工場の生産管理で若いころを過ごし,製造現場を中心に歩いてきたK取締役である。K取締役は,情報システムに関しては何も知らない素人だった。ところがこのK取締役から「今後は情報化投資に関しても,通常の設備投資の考え方を盛り込むように」という指示が出た。つまり情報化投資を行う場合は,投資に対する将来の利益を定量的に評価し,それを現在価値から割り引いて実際の投資額と将来の利益のどちらが大きいかを見極めようというのだ。

 設備投資では当然ともいえる採算性の考え方が,情報化投資で取り入れられることは滅多にない。というのは,情報化投資はその効果が目に見える形になって表れるとは限らず,定性的な効果のほうが多いことも珍しくないからだ。また全社にまたがるシステムの場合は,一部門だけで効果を計ることができないという事情もある。M課長はこうした事情をK取締役に説明し,設備投資と同じ考え方を当てはめることは困難だと進言した。

 するとK取締役は,「それでは今まで開発してきた情報システムは会社の利益にどれだけ貢献しているのか」という質問を投げ返してきた。「これだけの情報化投資をしていながら情報システムの再評価について報告がなされたことが今までにあるのか。一つのシステムに注ぎ込んだ投資が想定通りの効果を上げたのか,そのシステムができた結果どのくらいの経費が浮いたのか,あるいは売り上げに貢献したのか,といった観点はなくていいのか」と強調する。