岩井 孝夫
佐藤 三智子

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

情報システムの開発は多くの場合,理想型で始まる。ところが往々にして計画は途中で変更を余儀なくされる。そのような事態になっても,システム開発を成功に導くには,システム開発の目的を明確にしておかねばならない。「常に初心に戻って当初想定した目的は何かをもう一度思い出す」ことが,システム開発を“振れ”なく進め,たとえ最終的な形は変わっても,成功したといえるシステムを作るための「掟」である。

 建築用工具金具の販売問屋A社は,全面的なシステム再構築に踏み切ることにした。オフコン・システムが構築後15年を経過して陳腐化してきたことと,システムの管理・運営面の安全強化を実現することが理由である。

 再構築のポイントは,在庫量の削減をはかり物流要員を大幅に削減することと,会計システムを収益管理指向に改めることであった。A社にはコンピュータ関連要員が十分にいないし経験も十分ではない。そこで経営陣の意向を受けて,外部のシステム・コンサルタントの支援を受けることにした。

 「業務の抜本的見直しがまず必要だ」というシステム・コンサルタントの助言を受けて,営業・物流・仕入れ・会計といった各部門の中堅幹部とシステム部長をメンバーに「新情報システム委員会」を設置した。6カ月ほどかけて,目的確認,現状調査,課題設定,新業務手順概要案,情報システムへの仕様要件などを検討して,「新情報システム化企画書」としてまとめた。

 この企画書をベースにして,新業務手順検討と情報システムの設計開発に着手することになり,コンピュータ・ベンダー4社に提案依頼をした。ベンダー各社から多様な提案が寄せられたが,(1)価格が安い(他社より20%安い),(2)システム構築期間が最短である(約1年間),(3)旧来のシステム内容を熟知しているという3点が決め手になって,旧システムを構築したP社に全面委託することになった。

 しかしA社が頭初予定した総予算額をかなり上回っていたので,さらなる費用圧縮を求めてP社と折衝を重ねた。P社は,受注費用の圧縮を受け入れる一方で,システム・コンサルタントの費用にも言及した。「A社の業務についてはP社が熟知しているので,今後コンサルタントの支援は不要である」というのがその趣旨だ。A社もP社の主張は一理あると受け止めて,P社に全面的に任せることにした。システム・コンサルタントが「新業務手順検討はソフト・ベンダーには難しい。第三者的立場からの進ちょく管理は今後とも必要」と再三主張したが聞き入れられなかった。

 P社は,新業務手順を決定するために現場要員を中心にプロトタイピング手法を導入して画面設計に着手した。会計システムについては,パッケージを導入して構築することになった。

 ところが順調にみえた導入作業は,半年もたたないうちに問題が表面化してきた。新業務手順の決定に遅れが出始め,会計システムについても具体化の展望が見えてこない。新業務手順として当初考えていた抜本的な改善が,現実の作業とのギャップから現場担当者の反発を招いた。その結果,スケジュールが大幅に遅延し,どのような業務展開になるのかいまだに見えてこない。また関連設計資料も,ほとんどまとまらないままになっている。

 A社がこの点を指摘すると,「プロトタイピングの検討がなかなか収れんしないのはA社側に新業務手順を決断する体制がないからだ」とP社は主張する。また会計システムについては,「パッケージには管理会計対応の機能が十分に備わっているにもかかわらず,それをA社が取捨選択して,P社に具体的な指示を出さないことが遅れの原因」と譲らない。

 A社のシステム部長は,このままでは頭初の目標達成は甚だしく困難なことから途方に暮れた。現状の問題点を是正しようとすれば大幅な手戻り・再検討が発生することになり,A社の技量ではとても乗り切れそうにない。