岩井 孝夫
佐藤 三智子

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

業務改善に取り組む企業は多い。現場からの提案で始まるもの,経営トップの意向によるものなどさまざまだ。業務改革の道具として情報システムが不可欠なことは言うまでもない。しかし,議論の主役が業務から情報システムにいつのまにかすり替わってしまうことが多い。つまり業務改善とは新しいシステムを構築することだと誤解してしまう。これでは,業務改善の本来の目的はいつまでたっても達成できない。

 製造業のA社では2年前に立ち上げた事業部門の受発注システムを見直すことになった。まだ部署が小さいうちに導入した現在の受発注システムは,さまざまなニーズを追加機能として取り込んでいったのでブラックボックス化していた。その上,手作業をはさまないとできない部分も多くなり,使い勝手も非常に悪くなってきている。そこで,受注から請求書発行までの作業に一貫性のあるシステムを構築したいという要望が,現場の担当者から出された。

 情報システム部門では要望を受けて業務の流れとシステムの使い方を聴取し,要求仕様を固める作業に入った。現場の担当者から出されたほとんどの要望は入力画面に関する使い勝手の改善であった。入力項目をできるだけ少なくしたい,重複項目を避けたい,一度入力したデータは請求書発行までつなげたいなど,入力作業の削減に関心が集中していた。また受注単価に関しては,受注案件ごとにいろいろな条件が加味されて変わるので,受注入力時にさまざまな条件を変更できるようにしてほしいという要望も出された。

 情報システム部門は,入力内容確認のための帳票や,受注から請求書発行までの進ちょく状態をトータルで管理するためのリストなど,全社的に必要と思われる機能についての提案も行った。しかし,作業が繁雑になるものについては,現場の担当者にことごとく却下されてしまった。情報システム部門の課長は,現場担当者の要望通りのシステムではシステムが乱用される危険性があると思い始めた。そこでシステムの概要説明を利用部門の部長に行うことにした。

 部長への説明には現場担当者の代表も同席し,今までの経緯や担当者がどのような問題で困っているかなども含めてシステム化へのアプローチを説明した。部長の反応は以下のようなものであった。「私はこのシステム化の話を聞いたときに,業務改善を同時にやりなさいと言ったはずだ。これではコンピュータ・システムの改善だ。業務自体は全く改善されていない」。

 部長の反応を聞いた現場担当者は,このシステム化によって作業がいかに楽になるか,時間が削減されるか,ミスが減るかを説明した。しかし部長は「今のシステムに不都合があるのはわかっている。しかし業務の改善とはシステムの使い方が楽になったり,ミスが減ったりすることではない。業務のやり方を変えることで正確な数値が把握できるのならシステムの使い勝手が悪くなっても構わないのだ。第一,単価を入力時に自由に変えられるようにしてしまったら,受注のルールが守れないではないか。そんなことはシステムの問題ではなく,業務ルールの問題だ」と議論をうち切り,もう一度システム仕様を作り直すように命じた。

業務改善へのアプローチ
システム部門の提案に現場が反発

 商品販売のB社では新任の物流部長が着任した。情報システム部門出身の新部長は前々から物流の仕組みを刷新すべきだと考えており,それに伴う新しい物流システムの構想を持っていた。

 現状の物流の仕組みにはいくつもの問題点がある。たとえば,本来物流部を通すはずの出荷依頼が各店舗から物流倉庫に直接FAXされたり,急ぎの受注では電話依頼だけで出荷して後から書類を作ったりといったことである。このように後から手作業でデータを入力していくようなケースが多いので,担当者が入力を忘れたらだれにもチェックできないような体制になっていた。このほか,輸配送に関しても緊急出荷が頻繁に行われ,費用を度外視した運用が平然となされていた。

 物流部長は昔から温めていた新物流システムの構想をまとめ,部下の課長をリーダーに任命した上で自分の構想を説明した。そして現状を調査して問題点を抽出し,今後の物流の仕組みをどうすべきか運用ルールも含めて考えるよう指示した。