岩井 孝夫
佐藤 三智子

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

現場で発生している問題の解決が情報システム構築の発端になることがある。作業負荷を減らしたいとか,手作業をシステム化したいといったものだ。情報システム部は,そうした要求にこたえるシステムをどうすれば作り上げられるかを考える。要求の妥当性などはまず検討しない。しかし経営陣からすれば,現状の問題解決だけに着目した情報システム化はもどかしい。そのようなシステム化計画が承認されることはまずない。

 プラスチック加工製品を製造するA社では,生産管理システムの再構築に取り組もうとしている。このシステム再構築は,原価を把握する仕組みをより精緻にし,原価管理を徹底させたいという現場(製造部)の意向で始まった。経営会議の指示を受けた情報システム部門は,製造部の各課のチーフから現状の問題点をヒアリングし,新システムで必要と思われる機能を聞き出していった。すると原価把握における問題点がクローズアップされてきた。

 この会社の製品は,あるものは最終製品が原材料から直接生み出されるが,あるものは複数の原料を混ぜ合わせて新しい中間原料をつくって最終製品につなげていく。この中間原料は急には用意できないため,受注の有無に関係なく例年の受注量から推定し見込み生産している。そうなると最終製品に必要な量を必ず上回ることになってしまう。このことが原価計算をあやふやにしている原因だと考えられた。

 情報システム部門は,開発費用を考慮してパッケージ製品を利用できる標準的な業務仕様にしたいと考えていた。しかし現状の製造工程があまりにも複雑なため,通り一遍の標準化ではかえってデータの不整合が発生すると考え,ほぼ製造部の要望通りに仕様を固めた。ただし,自由に帳票を出したいという現場の要望に関しては,仕組みが複雑になるのを避けるため,ある程度定型化して出力するようにした。

 現場と情報システム部門の間で仕様がほぼ固まったところで,製造部門から製造部門担当常務へのプレゼンテーションが行われることになった。

 内容を聞き終えた常務は「原価管理の精度を上げるのは結構なことだ。ただ,原価把握の仕組みを新しくしようというなら,標準原価方式の導入も考えて欲しい。さらに今後必要になる利益管理,キャッシュフロー管理を行うためにも,管理会計の要素を入れていかないと将来また作り直しになるのではないか」ともコメントした。

 複雑な製造工程が理由で標準原価の導入は難しいというのが今までの製造部の統一した見解であった。今回のシステム再構築でも標準原価の問題は検討にあがったが,どうしても導入は難しいという現場の強固な反対で見送りになったという経緯がある。製造部長も常務に対していかに標準原価の導入が難しいかを延々と説明したが,「今までできなかったからといって,今後もずっとできないということでは困る」と今回は譲らない気配である。

経営トップの承認(1)
経営貢献の見えないシステムを否定

 化学品製造のB社では,情報系のデータ検索システムを構築したいという要望が本社経理部から出てきた。各支店および工場における毎月の月次経理データの作成負担を軽減することが目的である。

 現状のホスト系のシステムで月次帳票を作成しようとすると,月末と月初に作業が集中してレスポンスが悪くなり効率が大きく低下している。作成できる帳票もあらかじめ情報システム部門に作成依頼してあるものに限られるため,支社や工場ごとの独自のニーズにこたえようとするとデータを取りだした後にさらに加工して作成しなければならなかった。地方の支社や工場では経理担当は必ずしも専任ではなく,総務や人事の仕事もこなしている人もいる。そのため,毎月の月次データ作成が相当な負担になっている。

 本社経理部から打診を受けた情報システム部は,経理部の要望を聞き取ることにした。すると,経理部が必要とする帳票は10種類だけでそれさえ簡単に作成できればよいことがわかった。月末と月初に殺到していた経理部への問い合わせをできる限り少なくするために,(1)新システムでは10帳票はあらかじめシステム内に定型文書として作成方法を登録しておく,(2)10種類の帳票は個別のニーズに合わせてどのようにも加工できるようにする,(3)加工の仕方についてはヘルプ機能とマニュアルでしっかり習得できるようにする,という3点の要望が出た。

 情報システム部は,毎日各職場から入力される原始データを使って様々な角度から検索できるシステムの設計を試みたが,データベースの構造上まったく制約のない自由な検索はどうしても困難で,データの組み合わせにも制限が出てしまった。そこで各機能の説明と制限項目はすべてヘルプ機能に入れる仕組みを考えた。こうすれば利用者はある程度自由に項目を選択できるし,制限項目に引っかかった場合はヘルプ機能を使って理由を確かめることができる。充実したサポート機能付きのシステムになるだろうと,情報システム部は考えた。

 本社経理部長はこれらの構想を具体化して推進するために,計画書としてまとめて経理本部長へ説明した。すると開口一番本部長から「このシステムを導入することで人が何人削減できるのかね」と尋ねられた。人の削減まで考えていなかった経理部長は「当面は人の削減は考えていません」と答えるしかなかった。本部長は「業務の負荷は減るのに人が減らないなら空いた時間にその人たちに何をやってもらうのか。単に月末月初に発生する作業の集中を解決するためだったら,これだけの費用をかけてシステム化を行うのは勿体ないじゃないか。このシステムによって経理の仕事もしくは支店・工場での仕事はどう変わるのか,仕事の質はどうなるのか」とたたみかけてくる。挙げ句の果てに計画の練り直しを命じられた。経理部長は頭が痛い。