岩井 孝夫
佐藤 三智子

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

システム開発の主導権を利用部門が握ることが増えている。システムを使う部署が開発の旗振り役をするのだからうまくいくだろうと考えがちだ。しかし,全社と整合性の取れたシステムを,利用部門が開発することは難しい。専門家の立場としての情報システム部門を巻き込んでおかないと,出来上がってから作り直しと言うことになりかねない。システム化は,技術にも業務にも偏らないバランスが肝心だ。

 素材メーカのA社では,全社の基幹情報システムを再構築する計画を立てた。全社規模でシステム再構築委員会を設置し,委員には各事業本部の本部長が任命された。システム再構築委員会では,今後の会社の方向性や人・金・物・情報システムに関する具体的な指針を決定し,それを実現するために最も効果的な情報システムを再構築する方向に話が進んだ。

 方針が定まると,具体的な検討をするためのワーキング・グループを設けた。ワーキング・グループでは要求仕様をまとめるために,各事業本部の課長レベルをキーマンとして情報システム本部のメンバーと連携を図ることにした。3カ月間かけて現場からの要望を持ち寄り,今回のシステム再構築で何を実現したいのかという青写真を描いていった。情報システム本部は,各ワーキング・グループでの検討が全社の情報インフラに反していないことのチェックも含めて基盤整備を担当することになった。

 各ワーキング・グループでの検討結果を踏まえて,情報システムの構築計画書と予算案が出来上がった。システム再構築委員会での承認を得ていよいよ実際のシステム開発の段階に入った。開発には,相当の人数の外注ソフト会社を使い,情報システム本部が中心となってワーキング・グループと調整しながら進めることになった。

 ところが実際に開発を始めてみると,ワーキング・グループでまとめた要求仕様の中に技術的に実現できないものが出てきた。そのたびに情報システム本部とワーキング・グループの間で調整に手間取ることが増えた。しかし開発スケジュールの都合もあって,情報システム本部が出す代替案を飲むしかないという状況が頻繁に起こった。その結果,システムの形は当初の想定から少しずつずれていった。

 開発が始まって3カ月が経過したころ,情報システム本部長からシステム再構築委員会に対して現状報告がなされた。するとメンバーの中から「これでは委員会で出した方針と違う」という意見が出た。「このシステムで実現すべき本来の目的が後回しになっている。これでは本末転倒ではないか」と厳しい発言もあった。情報システム本部の説明に対しても,「技術的な問題を言っているのではない。どんな手段でもよいが本来達成すべき目的をすり替えられては困る。いったいワーキング・グループは何をしていたのか」という批判まで飛び出した。ワーキング・グループの内部でも,そうしたずれを感じていただけに,ワーキング・グループの代表は返す言葉もなかった。

システム化の体制に問題
仕事に振り回されるシステム企画部

 流通サービス業のB社では,今年の春から情報システム部門を子会社化した。本社にはシステム企画の機能だけを残す体制になった。実際のシステム作りは子会社となった情報システム部門に任せ,本社のシステム企画部は専らシステム戦略を練る部門になることを目指した体制変更である。

 それからしばらくすると,システム企画部のトップである常務取締役から,全社システムの見直しに関するリクエストが立て続けに出された。全社情報化の進ちょく状況の報告,情報化投資の適正化を図るための現状調査,物流システムの見直し,情報系システムとりわけマーケティング・システムのリニューアル方針の検討など,リクエストの内容は多岐にわたった。

 システム企画部は部長を含めて5人しかいない。ただでさえ体制変更の前から携わっていたシステム関連作業の延長を抱えて目の回るような忙しさだ。そうしたところへ矢継ぎ早に出てくるトップのリクエストにシステム企画部のメンバーは振り回されている。しかも上からは定期的に検討状況の問い合わせがくる。システム作りを担当している子会社の情報システム部門からもさまざまな依頼がくるし,利用部門からは毎日依頼や苦情が舞い込んでくる。

 そんなこんなでてんてこ舞いをしているある日,システム企画部長は上司の常務から「これではシステム企画部だけ本社に残した意味がない。何をやっているのか」と叱責された。部長が「メンバーが足りない」と言うと,「企画部門にこれ以上人を増やすつもりはない。この人数でこなせるような仕事の切り分け方を考えろ」と一蹴されてしまった。部長は,今後どのように進めていくべきか苦慮している。