「RIA」(リッチ・インターネット・アプリケーション,リア)の世界に異変が起こっている。RIAはWebブラウザ・ベースのアプリケーションの表現力や操作性を高める技術。「リッチ・クライアント」とも呼ばれる。代表格は米アドビシステムズの「Flash」だ。

 RIAは2007年になってにわかにその選択肢が広がった。アドビシステムズ,米マイクロソフト,米サン・マイクロシステムズという大手ベンダーが次々と新しいRIA技術を発表したからだ。アドビの「AIR」(Adobe Integrated Runtime,エア),マイクロソフトの「Silverlight」(シルバーライト),そしてサン・マイクロシステムズの「JavaFX」である。

AIR,Silverlightは実例も登場

 中でも注目度が高いのがAIRとSilverlightである。AIRはFlashの開発作法でデスクトップ・アプリケーションを作れるようにするRIA技術で,2007年6月にアドビが発表した。発表前は「Apollo」という開発コードで呼ばれていた。OSに依存しない,オフラインでも利用できる,AjaxやFlashを組み合わせられるなどの特徴を持つ。

 一方,2007年4月にマイクロソフトが発表したSilverlightは,事実上のFlash対抗技術。Webブラウザ上で高度なアニメーションや高画質動画配信などを実現できる。ユーザーにとってはFlashと同様のアプリケーションを,Visual BasicやC#などの言語を使って開発できる点が最大の特徴と言える。

 どちらも実行環境が配布され,既に一部でアプリケーション開発が進められている。オフィス用品販売大手のアスクルは2007年11月,AIRで実装した「ASKUL DESKTOP」を発表した(写真1左)。同社のインターネット・ショップを利用するためのブラウザ機能と,買い物かご機能などを持つウィジェット群を併せて提供するツールである。春からの本格運用を計画する。ユーザーの操作性を高めるほか,デスクトップ・ツールへのプッシュ配信などを実現して販促効果を狙う。専用のデスクトップ・ツールだからこそ実現できる仕組みである。

写真1●AIRとSilverlightのアプリケーション
写真1●AIRとSilverlightのアプリケーション
左はAIRで作られた「ASKUL DESKTOP」。右はSilverlightで開発された野村證券のサイト。
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 Silverlightは,野村證券がバーチャル店舗の開発に利用した(写真1右)。Webブラウザ上での金融サービスの説明に動画と音声を使うことで,バーチャル店舗での顧客へのサービス・レベル向上を目指している。

 まだ実例は少ないが,AIRやSilverlightは業務システムでの活用も進むはずだ。業務システムのユーザーEインタフェース強化は今でもニーズが高いためである。

業務アプリの使い勝手高めるRIA

 そもそもRIA技術の多くは,Web化された業務アプリケーションの操作性を高めるために登場した。業務アプリケーションのクライアント/サーバー型からWebアプリケーションへの移行が進んだ結果,多くの企業ではクライアント配布の手間が減り,システム管理のコストは大幅に低下した。ただ,それと引き替えにエンドユーザーにとっての業務アプリケーションの使い勝手は下がった(図1)。データ入力時のカーソルの自動移動や,入力データが適切かどうかを即時チェックするといった細かな機能をHTMLでは実装しづらかったためである。

図1●RIAはコスト・パフォーマンスと操作性を両立
図1●RIAはコスト・パフォーマンスと操作性を両立
操作性の向上または維持のため,RIAを使ってシステムを刷新するケースが多い。
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 そこで2002年ころから,高い操作性と管理のしやすさを両立できるRIAに注目が集まった。サーバーの負荷軽減やデータ通信のトラフィック削減といった目的もある(図2)。

図2●RIAのメリット
図2●RIAのメリット
操作性向上に加え,サーバー負荷軽減,表現力の向上,データ転送量の削減といったメリットがある。

 古い話に聞こえるかもしれないが,今でも企業内の業務アプリケーションでのRIA利用のニーズは高い。「新規導入案件の半数以上は業務アプリケーションでの利用」という。

動画利用のニーズもRIAを後押し

 さらに最近は,イントラネット向け,インターネット向けを問わず,より表現力豊かなWebアプリケーションのニーズが高まっている。典型が前述の野村證券のバーチャル店舗の例にある,動画を使う動的なWebアプリである。

 実は既に,Flashを使って実現する例がいくつか登場している。ジョインベスト証券は顧客向けに「PIP」と呼ばれる手法を使ったWebサイトを設けている(写真2)。PIPはサイトの機能などの説明を,人物の動画と音声によって行うもので,ユーザーは実際の店舗に似た感覚でWebサイトを利用できる。

写真2●ジョインベスト証券のWebサイト
写真2●ジョインベスト証券のWebサイト
Flash版の口座開設申込フォームでは「PIP」と呼ばれる手法を採用。また,入力データを即時チェックする機能も備えている。
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 同サイトは「口座開設申込フォーム」をPIPのFlash版と,静的なHTML版の2形式で用意するが,「Flash版を選択する人が7割」(サイト構築を担当したNRIネットワークコミュニケーションズの松岡清一Webマーケティング事業部長)。口座開設の申し込みで最後まで到達する割合もFlash版の方が高いという。RIAの高い表現力や操作性が評価されている証しだ。

 企業内でもRIAで動画を利用する動きが見られる。一例がソフト・ベンダーのエビリーが開発した企業向けの動画配信・共有システム「IntraKakiKo」(写真3)。社内から投稿された動画を再生できるほか,視聴者は動画の上に文字や図形を自由に書き込める。既に数社が「社内のeラーニングや情報共有といった用途で導入している」(エビリーの中川恵介代表取締役)という。

写真3●企業向けの動画配信・共有システム「IntraKakiKo」
写真3●企業向けの動画配信・共有システム「IntraKakiKo」
動画の上に文字や図形などを自由に描き込める。
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開発言語の充実でハードルが下がる

 これまでRIAは必ずしも業務システムの主流にはなっていなかった。原因の一つはアプリケーションの開発環境である。例えばFlashの開発言語は「ActionScript」という独自のもの。他のRIA技術でも,それぞれ独自の開発言語を使わなければならず,敬遠する開発者は少なくなかった。

 ただ,その状況が変わろうとしている。SilverlightはC#やVisual Basicといったプログラマになじみのある開発言語が使え,RIAの開発者を大幅に増やす可能性を秘めている。

 一方,AIRはRIAの世界をデスクトップ・アプリケーションに拡大する。FlashでRIAを作ってきた開発者は,同じような手法でデスクトップ・アプリケーションを開発できるようになる。しかもAIRはWindows,Mac OS X,LinuxのマルチOS対応である。次ページからは,他のRIA技術を含め,その中身を詳しく紹介しよう。