企業が顧客のことを真剣に考えているかどうかは,その企業のWebサイトを見るだけでわかる。鍵は,顧客がその企業に意見を送ることができる電子メール・アドレスがWebサイト上に記載されているかどうかである。記載がない企業は論外と言える。アドレスが記載されていても,そこへ送られてきた顧客のメールに返信しない企業は,その先行きにも不安がある。

米田 英一

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出は2001年であり,当時と現在とでは状況が異なりますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 「顧客満足度の向上」,「お客様指向」と企業が唱えるようになって久しい。本稿では顧客指向ということを,ある一点に絞って考えてみたい。それは,「その企業に不満や意見を言ってくる顧客にどう答えるか」,という点である。

 インターネット時代と言われていることもあり,ここでは企業のWebサイトに絞って話を進める。企業のWebサイトは,万人に開かれた窓であり,不特定多数の顧客あるいは潜在顧客が訪問する可能性がある。Webサイトにおける顧客対応を見れば,その企業が顧客をどう考えているかがはっきり分かる,と私は思う。

 特に,消費者の苦情・問い合わせ・提言に対してどのように応答しているかという状況を見れば,その企業(組織体)の「情報感度」あるいは「情報マインド」が見えてくる。もっと言えば,Webサイトを見るだけで,それを掲示している企業や団体,あるいは個人の教養レベルまで分かる。

 以下では,私が昨年末から今夏にかけて体験した実例を挙げる。メディア企業と一部の企業・団体については実名で,それ以外は匿名とした。我が国においてメディア企業は,しばしば他の企業を指弾するが,自分自身はあまり批判されることがないように思う。時には実名で批判されることもあってよいのではないかという判断をした。一方,匿名にした企業は,電子メールではなかったが,社員が電話で私に対応してくれた。対応に納得したわけではないが,その姿勢をかって,本稿では匿名とした。

 私が自分で確認した限りでは,次のような4段階の評価が成り立つ。Webサイトに質問メールを送ったところ,直ちにメールで真摯(しんし)な応答を返してきた企業をAクラスと呼ぶ。朝日新聞(天声人語),米ドーバーパブリケーションズという出版社などがAクラスであった。さらに,丸善はメールではなく電話だったが,責任者が直接かけてきたのでAクラスに分類する。

 Bクラスは,Webサイトへの質問に関して,電話でなんらかの応答があった企業や団体である。某大手クリーニング会社,某不動産会社,世田谷区がここにあたる。Cクラスは,Webサイトに問い合わせ先はあるものの,苦情・質問に対して梨のつぶてという企業や団体である。私の経験では,NHKと郵政事業庁がCクラスである。最後のDクラスは,そもそも,Webサイトに問い合わせ先が用意されていない企業で,かなりの金融機関がここに入る。

 たかがWebサイトというべからず。一事が万事という言葉もある。読者の勤務しておられる企業や団体のWebサイトは,上記のどのレベルにあるのであろうか。自社のWebサイトの確認をお勧めする。

Aクラス:メールで真摯な回答をする企業

 旧聞に属するが,2001年1月8日の成人式において,一部の若者の傍若無人の振る舞いがあった。それに対して,1月10日付朝日新聞は「天声人語」欄で,若者の物言いには「それぞれ三分程度の理はある」などと,一部の馬鹿者に媚びを売るようなコラムを掲載した。怒った私は1月10日に,朝日新聞社広報室に宛てて記事を批判する電子メールを送った。

 メールには氏名・職業・住所・電話番号を明記した。職業については退職と書いた。ショーペンハウアーは『読書について』(岩波文庫)の中で,「匿名批判家に対しては,『物陰にひそむ無頼の徒よ。名乗りをあげよ』と挑戦するのがよい」と書いている。

 まったく同感である。インターネットの最大の欠点は匿名を公然と認めていることにある。匿名を認めている間は,インターネットが真の一流人士のための情報媒体になることはあり得まい。

 天声人語の記事には今でも大いに文句がある。ただし,朝日新聞のWebサイト上の「問い合わせ」をクリックすると,「朝日新聞社や記事にご意見,ご要望は広報室まで」というメッセージと電子メール・アドレスを含む画面が現れる点は大いに評価できる。

 しかも,朝日新聞は翌11日に回答メールを送ってきた。「いただいたご意見は,天声人語の担当者に転送いたしました。今後の紙面づくりの参考にさせていただきます。今後とも朝日新聞をよろしくお願い申しあげます。朝日新聞社 広報室」というものである。これは返信としては空っぽであり,コンピュータによる自動応答ではないかと疑った。それでも返信してくれたこと自体は評価できる。

 さらに,私と朝日新聞のやりとりは続いた。1月13日付の天声人語にまたしても,若者に迎合するような文章が載った。再び電子メールを送ったところ,今度は,朝日新聞論説委員室「天声人語」担当と名乗る人から,これは明らかにコンピュータでは到底作成できないような内容のメールが届いた。そのメールで天声人語担当者が述べていた内容にもまだ私は不満があったが,ここでも朝日新聞は読者の批判に即座に答える姿勢を貫いたといえる。

 他の新聞社のWebサイトについても触れる。毎日新聞は朝日新聞と同様,数多くの意見送付先が用意されている。産経新聞も,「紙面(記事・主張・産経抄など)に対するお問い合わせやご意見」をWebサイト上で求めている。

 これに対して,日本経済新聞,讀賣新聞,東京新聞の場合は,Webサイトの内容に対する「ご意見」を求めているだけで,新聞社に対する意見は求めていない。そうはいっても,これら6社の場合は後述する大手都市銀行のような「閉ざされた企業」ではないことを評価する必要があろう。

日本経済新聞の対応例

 新聞社の対応例をもう一つ挙げる。2001年6月16日午前11時27分,日本経済新聞のWebサイトにメールを送った。内容は,「現在11時半近くになるというのに,日経のインターネット版に載っている社説の日付は6月15日のままです。日経は大新聞各紙の中でITに最もご執心のはず。これではみっともなくありませんか」というものであった。

 実は以前も同様のメールを日経に送ったが,その時は返信がなかった。しかし,今回は約1時間後の12時34分に返信が来た。これは相当に早い応答である。それによると,「現在,画面に掲載されている社説および春秋は,決して6月15日付のものが更新されずに残ったままになっているわけではなく,6月16日付のもの,つまり最新の社説及び春秋が掲載されております。言い換えると,社説の内容自体が古いのではなく,更新日時の表示がやや正確性に欠けているものだと御理解下さい」ということだった。この回答自体には今ひとつ釈然としなかったが,1時間ちょっとで担当者が返信してきたことから,日経もAクラスと呼んでいいのではないかと思う。

見事な米国の出版社

 自社の出版物に含まれている誤りについて率直に認めるという姿勢は日本の新聞社や出版社にはなかなか見られない。そんな中で,米国のドーバーパブリケーションズは実に見事な出版社であった。

 2001年6月18日に,丸善で同社が出版したManet Paintingというカード集を買った。ところが24枚あるカードの冒頭の絵がマネではなく,ドガのものである。そこで,カード集に書かれていたドーバーパブリケーションズのWebサイトにメールを送った。

 すると19日に,ダイアナ・グレイさんという「カスタマ・ケア・スペシャリスト」からメールが来た。編集スタッフにメールを転送したので,しばらく待ってほしいという主旨である。ほかにも質問があればなんでも言ってほしいと書かれていた。

 続いて,23日になってグレイさんからメールが届いた。文面を紹介する。 「I forwarded your message to our editorial staff, who were shocked to find that we did include a Degas painting by mistake! Thank you very much for pointing this out to us. We plan to correct this mistake in the next printing of these cards.」

 カスタマ・ケア・スペシャリストという担当者と,社内の編集者との間できちんと情報をやり取りできる仕組みがこの出版社にはある。こうした仕組みを日本の名だたる企業は果たして持っているだろうか。私はIT業界関係者の一部にいる偏った米国信奉者を嫌悪するものだが,ドーバーパブリケーションズのような企業を目の当たりにすると,やはり米国には勝てないのか,と思ってしまう。

丸善も素早い対応でAクラス

 Manet Paintingを買った丸善もまた,Aクラスの企業であった。2001年5月13日,改装後の丸善の日本橋本店を初めて訪れた。そこで,ポイントカードの扱いについて,非常に不愉快な経験をした。丸善のポイントカードは,文房具などを買ったときに出すと,100円につき1ポイントがもらえる。

 ところが,これまではポイントの付いていた「誕生花カード」が4階の美術関係図書のコーナーから,2階の美術関係図書のコーナーに移された途端,そのカードを買ってもポイントが付かなくなった。無論,どの商品にポイントを付けるかどうかは丸善が決める問題であって,私ごときがあれこれ言うことではない。

 ただし,ポイントの付け方を変更したということを,はっきり顧客に向けて宣言すべきであろう。私が不愉快に感じたのは,係の女性も男性も,「この商品は何とか分類の商品なので,これまでもポイントは付けておりません」などと平気で言ったことである。これは厳しく言えば嘘である。丸善がこの誕生花カードをいつから扱うようになったのか記憶はないが,私が最初に買ったときからポイントが付いていたことをはっきりと覚えている。

 そこで帰宅後,直ちに丸善のWebサイトを調べ,抗議のメールを送った。すると翌日,丸善日本橋店書籍グループ長の方から電話で回答があった。「担当者への不徹底によりポイントがつかなかった」,「同じカード類でありながら,取り扱うフロアによってポイントの付け方に違いがあった」ことを認め,真摯なお詫びの言葉とともに,「今回お買いいただいたカードについてもポイントを追加しました」という釈明があった。私は今後も丸善で洋書や文房具などを買い続けることにした。丸善の場合はメールではなかったが,フロアの責任者から直接お詫びの電話があったので,Aクラスに分類した。