岩井 孝夫
佐藤 三智子

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

本連載では,「経営に役立つ情報システム化」という目的に向かって,経営者・システム部門・利用部門のそれぞれの役割にスポットを当てる。システム化の各段階で三者の視点を変えることで見えてくるものについて考えていきたい。

 情報システム化はさまざまな動機・原因から始まるが,そこには必ず当事者として利用部門と,情報システム部門(あるいは外注のソフト会社)が存在する。さらに計画した情報システム化を現実のものとするには,経営レベルの判断を仰がなければならない。

 利用部門と情報システム部門の間で意思疎通が不備なために,出来上がったシステムがうまく使われなかったり,意図したものと異なってしまったことがこれまで数多く報告されている。しかし,パソコンがこれだけ普及すると,情報技術を勉強しなければシステム作りはとうてい無理という時代とは違ってきた。今や興味とやる気さえあれば,素人でもある程度の知識や技術を拾得するのはさほど困難ではない。こうなると安易な興味や生半可な知識で,「こういうシステムが欲しい」という要望が出てくる。それをそのまま実現したがために,会社全体の情報システムに大きな問題が生じるような事態も発生する。

 また,システム化のさまざまな局面で最終承認を出す経営陣の意向をタイムリにチェックし,納得してもらえる説明をしておかなければ,システム化の方向を左右する反対が思わぬところで入り込む可能性も高くなっている。

 今回の連載ではシステム化の各段階で,利用部門・情報システム部門・経営陣の三者が何を考え,立場によってシステム化への見方がどう違うのか,その違いが分からないとどんな不都合が起こるのかを探っていきたい。

 良いと思って推進してきたことがなぜか受け入れられない,言われたことは全部実現したのになぜか評価が低い,システム化にはこれだけ予算が必要なのに理解してもらえない,といった問題の発生はどこの企業でも日常茶飯事だ。いずれもこの「三者の異なった視点」を理解していないがために,せっかくの努力・労力を無駄にしている。出来上がった情報システムを真に経営に役立つものにするためにはどうすべきかについて,事例を通じて経営者,システム部門,利用部門の立場の違いを取り上げていきたい。

三者の異なった視点(1)
現場との妥協案を常務がはねつける

 教育教材販売会社のA社では,注文受付システムの再構築の要望が通信販売部門から出てきた。現在のシステムは,販売部門が今のような組織になる前に手作業を補完するためにパソコン上に作ったもので,いろいろと不都合があるというのが理由であった。

 通信販売部門の責任者から依頼を受けた情報システム部門の責任者は,依頼内容を調査して仕様をまとめるための検討を重ねた。何度も通信販売部門の要望を聞いていくうちに情報システム部門の中では,果たしてこのまま彼らの言う通りにシステム化を進めても良いのだろうかという疑問の声が挙がってきた。

 通信販売部門が望んでいることは主に二つだった。一つは,現状のコンピュータ・システムで利用上の不具合になっている部分だけを直してほしいということ。もう一つは今後商売の形態がどう変わっていくか分からないので,できる限りどんなデータでも入力することができて,将来の変更が容易なシステムにしてほしいというものであった。

 一方,情報システム部門にとっては,会社全体のシステムとの整合性をとることが最優先だった。そのためには全社システムを意識した,ある程度標準化されたシステムにすべきだという考えである。

 また,新システムは通信販売部門が考えているような小手先で直すものではなく,業務全体をカバーする画期的なものが必要だと主張した。そのためにはシステムの全体構想を根本から見直す必要があるので,費用の面でも開発期間の面でも,通信販売部門が考えているような範囲ではとても収まりそうになかった。

 情報システム部門が部門としての考えをまとめて,通信販売部門に話をしたところ,「自分たちが欲しいのはそんな大がかりなシステムではない」と通信販売部門は真っ向から反対した。「予算も期間もこんなにかかるのでは,とても情報システム部門には頼めない。外部のソフト会社に頼んで作ってもらったほうがよっぽど良い」とまで言われてしまった。

 情報システム部門は,通信販売部門の意向をくんでインフラ部分に限って他のシステムと整合性がとれるものに仕様をまとめ直さざるを得なかった。システム化を依頼してきた現場の賛同を得られないのでは仕方がないと考えた結果である。

 改めて通信販売部門と折衝を重ねた結果,ようやく了承をもらうところまでこぎ着けた。そこで今度は,販売部門のトップである常務取締役営業本部長の承認を得ることになった。通信販売部門と共同で資料を作成して,プレゼンテーションを行ったところ,「今後通信販売という業務をさらに拡大していくためには,マーケティング情報がキーになるはずだ。通常業務のサポートをするだけの小手先のシステム化では意味がない。商売をもっと拡大させるためのシステム化につながらないならこの段階でシステムをいじる必要はない」と常務から言われてしまった。

 結局,再度一から構想を練り直さざるを得なくなり,通信販売部門も情報システム部門も頭を抱えている。