「(人材育成に関する)小規模な取り組みはさまざまあるが、それらを統合し加速させる国家レベルの体制を築くべきだ」。日本経済団体連合会の情報通信委員会・高度情報通信人材育成部会長を務める山下徹氏(NTTデータ社長)は、2007年12月に開催した「第3回高度情報通信人材育成に関する産学官連携会議」で、IT人材育成機関となる“ナショナルセンター”の設置を提言した。

 IT人材育成の推進役となるべきナショナルセンターが果たす機能としては、(1)実践的なIT教育の研究、(2)ひな型となるカリキュラムの策定、(3)大学と支援企業をつなぐパイプ役(教授や講師など教員の紹介を含む)、(4)教材など教育アセットの有効活用の促進、(5)教員の養成や能力向上に向けたファカルティディベロップメント機能の整備、などがある。

 経団連は九州大学や筑波大学をカリキュラム策定や講師派遣などで支援しているものの、あくまでもボランティア活動であり、継続的な支援は難しい。ここにナショナルセンターの意義がある。高度情報人材育成部会の戦略・企画チーム長である大力修氏(新日鉄ソリューションズ常務取締役)は「高度IT人材の育成には10年から20年かかるが、育成を怠れば日本は先進国から脱落する。産学官で重複する部分もあるので、大同団結して一本化すべきだ」と危機感を隠さない。

 経団連は05年6月に「産学官連携による高度な情報通信人材の育成強化に向けて」を発表し、IT人材不足に警笛を鳴らした。その手始めに年間1500人(将来は3000人)のトップレベルの技術力を備えた高度IT人材育成の必要性を唱え、08年4月から九大と筑波大の大学院でモデルコースを立ち上げる。だが、人材の育成ペースはまだ鈍い。

 そこで浮上してきたのがナショナルセンター構想である。総務省が07年9月に設置した「高度ICT人材育成に関する研究会」で議論しているもので、08年2月中にも答申がまとまる予定。今回の提言は、これを後押しする意味も込められている。

 ナショナルセンター構想の背景には、総務省や経済産業省、文部科学省、大学、企業がそれぞれ個別にIT人材の育成に取り組んでいる現実がある。その結果、予算は細切れになり長期的な視点も欠けていく。企業の寄付講座も数多くあるが、大半は短期的で横のつながりもない。

 しかも最近、IT関連は学生から敬遠される仕事の一つともいわれるようになった。「国際競争力にITが直結しているという認識をきちんと共有できていない。ITは国家、社会を支えるものだということを学生に伝えるべき」と大力氏は力説する。

 「いまや日本のソフト基盤が失われるという危機的な状況にある。単価を下げるためオフショアに逃げていけば、日本人はソフトの中身が分からなくなってしまう恐れがある。金融機関のシステムや防衛システムがブラックボックス化され、自分たちで改善・改良ができなくなる。家電などへの組み込みソフトの競争力も失う」(大力氏)。

 ナショナルセンターで作成したカリキュラムなどを検証する場として、いわゆる融合専門職大学院も作る。一般の大学の附設機関として設置するが、運営は大学から切り離す。独ポツダム大学に設けた、ITエンジニアを育成するハッソ・プラットナー・インスティチュートなどを参考にしたようだ。これは独SAPの創業者であるハッソEプラッナー氏が運営費を拠出したもの。民間がイニシアティブを持つことで、企業が望むカリキュラムを実現している。もちろんポツダム大学の学位も取れる。

 経団連が融合専門職大学院を設置しようとする理由は、バイオやナノテク、経営などの講義も受講させることで、IT以外の知識を習得させる狙いがある。ITを有効活用するには、さまざまな視点が欠かせないとの判断だ。早ければ09年度にも立ち上げたい意向である。