意思決定の対象となる事業計画や戦略案は,未来についてのデータに基づいて作られる。だが,未来についてのデータの正しさは,誰も確信を持つことはできない。過度な自信は,かえって意思決定を歪める結果となる。品質の高い意思決定のためには,自分の持つ情報や知識の限界を知ることが大切である。今回はそこに注目しながら,信頼性の高いデータを得るためのテクニックを解説する。

宮本 明美
インテグラート 取締役



 意思決定をする人や,意思決定の対象となる事業計画や戦略案を立てる人が最も気をつけるべきことは,「自信を持ちすぎないこと」です。ビジネスの現場では,知らないことを知っていると勘違いすることが多くあります。自ら提案する計画について,熱心さのあまり“自らの思い込み”のデータに基づく“バラ色”の計画を立ててしまったり,経験豊富な担当者が十分な調査や検証をしなかったために,顧客や競合の変化を読み切れずに失敗してしまったりするケースなど,読者の皆さんも経験があるのではないでしょうか。これらは,過信により計画や意思決定が歪められてしまった結果です。

 未来のことを予測し,計画する段階では,誰も100%当たる計画を立てることなどできません。また,未来のことを判断する意思決定においても,100%正しい意思決定をすることは不可能です。計画策定や意思決定をする際には,自らの情報や知識の限界を知っておくことが重要です。

 しかしながら,一方で,自信のない計画や意思決定に対しては,誰も賛同してくれません。メンバーに信頼される計画策定や意思決定を行うには,どうすればよいでしょうか。

 本連載の初回で「意思決定の品質を高める6つのポイント」を挙げました。その1つは,「不確実性を含む情報が,信頼できる形で設定かつ説明されていること」です。意思決定において,不確実性を無視できないことは,前回前々回に紹介しました。今回は情報を「信頼できる形で設定かつ説明する」という点に着目し,データの収集やアセスメントについて考えたいと思います。

 まず,いつものようにA社の新規事業プロジェクトを題材にして,担当者が自信を持ちすぎたときに陥りやすい問題を見てみましょう。A社は富裕層男性向けの新ブランドを立ち上げる新規事業プロジェクトを計画しています。デパートや化粧品取扱店など既存の販売チャネルを生かした「従来案」と,インターネットを販売チャネルとする「見直し案」の2つを検討していました。しかし,リスクなどの検討が不十分であることが判明。「ビジネス・シミュレーション」を利用して,それぞれの案の再検討が行われることになりました。

A社佐藤課長の迷い◆ 一体,どの数字を信じるべきか…?

 大手化学メーカーA社コーポレートIT部の鈴木主任とその上司である佐藤課長は,新規事業プロジェクトで従来案の作成を担当した清水係長,見直し案の作成に協力してもらった市場調査部の山本課長とともに,朝からミーティングルームにこもっていた。新規事業プロジェクトのビジネス・シミュレーションを行うための打ち合わせであった。

「よおーし,これでシミュレーション・モデルができあがった!」

 鈴木主任がようやくパソコンの画面から顔をあげた。朝からの打ち合わせの中で,新規事業プロジェクトの「従来案」と「見直し案」のそれぞれについて,儲けの構造を示す要因関連図を作成した後,表計算ソフトを使ってその要因関連図を基に計算式を組み上げたのだ。

「早速,データを設定してみましょう。まずは収入に関するデータからだな。えぇと,それぞれの製品カテゴリの市場規模の数字はどうなるんでしたっけ…?」

 佐藤課長はほかのメンバーに問いかけた。鈴木主任が,これまでの検討資料が挟みこんである分厚いバインダーの中から,市場規模に関する予測データを探し出した。

「おやっ? 従来案と見直し案では,想定している市場規模の数字が違っているようです。なぜでしょうか」

 鈴木主任は,それぞれの案の市場規模に関する予測データを見比べながら,首をかしげた。新規事業プロジェクトは,男性向けの「化粧品」「ヘルスケア製品」「栄養補助食品」の3つの製品カテゴリをターゲットにしているが,各カテゴリにおける金額ベースの市場規模の予測値が,従来案が前提にしているものと,見直し案のものとで違っているのだ。

 例えば,化粧品カテゴリの市場規模を見ると,2007年の市場規模は両案とも約333億円で一致している。ところが従来案では,2008年以降5年間の伸び率が年率6%で一律なのに対し,見直し案では伸び率が5%から徐々に低減し,2013年には3%になるというデータになっている。

 従来案の市場規模予測を担当した1人である清水係長は,正面に座っている市場調査部の山本課長の顔色をうかがうようにしながら,おそるおそる話し始めた。

「従来案の市場規模のデータは,マーケット・リサーチ会社による調査報告書の数字や内容を参考に,現在の市場拡大トレンドがあと5年間は続くだろうと想定して作成した予測データです。マーケット・リサーチ会社の具体的な調査方法やデータの解析方法は,報告書を確認すれば分かります。客観的な調査結果ですから,信頼性は高いと思いますが…」