米国ではCRM分野でのSaaS利用はもはや常識。SaaSとパッケージの売上比率は、既にSaaSの方が高い。こうした中、ERPパッケージ大手だったピープルソフト創業者がERPのSaaSベンチャーを起こすなど、新たな胎動が始まっている。

■ワークデイ
ピープル創業者によるERP

 ワークデイは、ERPパッケージ大手だった米ピープルソフトの創業者デイブ・ダッフィールド氏が、90%を出資して立ち上げた企業である(写真4)。

写真4●米ワークデイの人事管理サービス
写真4●米ワークデイの人事管理サービス

 ワークデイは06年11月にまず人事管理のサービスを開始した。人事管理はピープルソフトで特に定評があった機能だ。07年6月には会計管理を追加。CEO(最高経営責任者)でもあるダッフィールド氏は「次は消耗品の調達機能などを付加する予定」と話す。単なる人事管理のSaaSとしてではなく、やがてはERPとしての機能をそろえていく戦略だ。

 同社のスタン・スウィートCTO(最高技術責任者)は「既存のERPパッケ ージは柔軟性に欠ける欠点があった。そこでSaaSやSOA(サービス指向アーキテクチャ)、Web2.0といった最新技術も取り入れ、1から作り直した」と説明する。

 ユーザーは現在22社。社員が1000~1万人規模の企業を想定していたが、実際には1万5000人を超える企業も利用しているという。

 SaaSとしてソフトを提供するベンダーだからこそ、ワークデイはデータセンターの信頼性の高さにこだわっている。大手企業も安心して使えるように、自然災害に耐えることを想定した仕様で2重化した(図4)。セキュリティも厳格で、3階層のサーバーのそれぞれでデジタル証明書を使ったアクセス制御を実施。不正侵入の危険性を減らしている。

図4●米ワークデイのSaaSサイトの仕組み
図4●米ワークデイのSaaSサイトの仕組み

■インサイドビュー
販売機会をネットから自動収集

 インターネットにある情報を最大限活用して、販売支援のための情報をSaaS形式で提供するのは、米インサイドビューだ。インサイドビューは、セールスの機会を自動的に告知したり、そのとき誰にコンタクトすべきかを教えたりする。

 インサイドビューの特徴について、同社のウンベルト・ミレッティCEOは「必要な情報をインターネットから集めてくる点だ」と説明する(図5)。

図5●米インサイドビューの販売支援情報サービスインターネットで検索した情報を基に、売り込み先企業を絞り込んだり、購買担当者の情報を得たりできる
図5●米インサイドビューの販売支援情報サービスインターネットで検索した情報を基に、売り込み先企業を絞り込んだり、購買担当者の情報を得たりできる

 対象は、企業サイトのニュース・リリースや、企業ブログ、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)、ニュース・サイト、求人情報まで幅広い。これらのサイトからさまざま情報を集め、販売の機会を探る、人のつながりを見つける、といったことを可能にする。見込み客の購買担当者は、自社の役員の元部下だったといった情報まで示せるという。

 「トレーニング」といった特定の企業だけに関するキーワードを設定してカスタマイズできるほか、企業の買収や役員の交代、事業拡大の計画まで、販売機会のヒントとなる多様な情報を告知する。06年第2四半期にサービスを開始したばかりだが、米シスコや米シマンテックなど40社が採用し始めた。

 インサイドビューのサービスは単体だけでなく、セールスフォースやオープンソースのSugerCRMなどのCRMシステムとも組み合わせて使える。セールスフォース向けには、Force.comと呼ぶプラットフォーム上からサービスを利用できるようにしており「顧客の6~7割がセールスフォースと組み合わせて使っている」(ミレッティCEO)という。

大手も相次ぎ参入、CRMは激戦区

 セールスフォースに代表されるCRMの分野では、パッケージ・ソフトを追い抜く勢いだ。セールスフォースの年間売上高は約5億ドル(1ドル=114円換算で570億円)に達した(図6)。

図6●主なSaaSベンダーの売上高の伸び
図6●主なSaaSベンダーの売上高の伸び

 CRMのパッケージの「Siebel CRM」とそのSaaS版である「Siebel CRM On Demand」を販売する米オラクルは「07年3~5月期において、営業支援(SFA)の分野では米国でSaaS型の売り上げがパッケージを上回った」(日本オラクルの藤本寛 執行役員アプリケーションビジネス推進本部長)という。

 06年まではライセンス販売とSaaSビジネスの双方を手掛けていた、米ライトナウ・テクノロジーズもSaaS専業に踏み切った。同社は、膨大な数の一般消費者への対応に向いたCRMサービスを提供している。

 同社のグレッグ・ジアンフォルテCEOは「ネットの普及などにより、企業への消費者の問い合わせは劇的に増加している。当社のサービスを用いれば、消費者からの問い合わせを効率的かつ顧客満足度を向上させる形で処理できる」と語る。

 米ネットスイートは、CRMにとどまらず中堅・中小企業向けにERPパッケージの機能全般をSaaSとして提供する。ERPと連携するEC機能も標準モジュールとして用意する。

 ネットスイートのジム・マギーバCFO(最高財務責任者)は「大手との競合が激しくなりそうだが、1社ですべてを提供するのは無理。当社には長年、協力関係を深めてきた多数のパートナ ーがいる」と話す。

 マギーバCFOの指摘する大手は、オラクルに加えマイクロソフトとSAPの3社である。米マイクロソフトはDynamics CRM Liveを投入。ERPパッケージ最大手の独SAPはSAP CRM On-Demandに続き、中堅企業向けながらSaaSとしてCRMを含むERPの全サービスを提供できる「SAP Business ByDesign」を07年9月19日、正式発表した。米国とドイツで一部の顧客に提供を始めている。

 オラクルの元COO(最高執行責任者)で現在はベンチャ投資会社のパートナーを務めるレイ・レイン氏は「SaaSは提供方法の1つにすぎない。どんなビジネス・アプリケーションもSaaSとして提供されるようになる」と預言する。

先行2社はプラットフォーム化を志向

 提供されるアプリケーションが広がる一方で、汎用的なSaaSプラットフォームの拡充を推し進める動きも強まっている。その中心となるのは、SaaS市場を切り開いてきたセールスフォースとネットスイートの2社である。

 「SaaSモデル自体を普及させるのにどうすればよいか2~3年前に激しく議論した。自社で人事管理やERPを提供したほうがよいのかどうか。結論はプラットフォームを提供し、他のベンダーと一緒に成長することだった」とセールスフォースのティエン・ツォCSO(最高戦略責任者)はいう。

 セールスフォースは9月17日、プラットフォーム技術の拡充を発表し、名称を「Salesforce Platform」から「Force.com」に改称した。08年には、従来は固定的だったGUI(グラフィカル・ユーザー・インタフェース)を自由にデザインできる機能「Visualforce」を付加する。

 Force.comを利用するベンダーは350社を超え、700種類以上のアプリケーションが提供されている。9月に開催したイベントの会場では、多様なアプリケーションを提供するベンダーが顔をそろえた(写真A)。インサイドビューもその1社だ。

写真A●セールスフォース・ドットコムのイベントには、SaaSプラットフォームを利用するベンダーが集結する
写真A●セールスフォース・ドットコムのイベントには、SaaSプラットフォームを利用するベンダーが集結する

 Force.com上のアプリケーション開発に使うプログラミング言語を「Apex」と呼ぶ。Apexはセールスフォースが規定する独自言語である。

 ApexについてツォCSOは「99%はJava互換。他のシステムへの移植も容易だ」と話す。

 実際に他のプラットフォーム提供者に採用された例もあるという。全米第2位のSNSである「Facebook」がそうだ。「運営元の米フェースブックからApexをコピーしたいと求められたので、無償で提供した」(ツォCSO)のである。

 ネットスイートは10月24日に、SuiteBundlerと呼ぶ中堅・中小企業向けのSaaS型アプリケーションの開発ツールを発表した。SuiteBundlerは、SuiteFlexと呼ぶ開発環境向けのプラグイン・コンポーネントである。

 ネットスイートのマギーバCFOは「中小企業のほうが大企業よりも大幅なカスタマイズが必要だ。業務の流れを社長1人が決めているような世界であり、企業の数だけやり方がある。パートナーと協力しながら、これらの企業のニーズに可能な限り応えられる体制を整えたい」と語る。

 SuiteBundlerを使うと、ソフト会社やシステム・インテグレータは、NetSuiteと連携するアプリケーションを開発できる。SuiteFlex向けに作った既存のソフト部品を組み込むことも可能だ。

 マギーバCFOは「セールスフォースと違い、どんなアプリケーションも開発できる汎用プラットフォームを提供する考えはない。あくまで各パートナ ーが得意な業種のユーザーに向けて、その業種特有の機能を盛り込めるような基盤を提供することが狙いだ」と強調する。