SaaSの導入での留意点も見えてきた。セキュリティ、カスタマイズの容易さ、TCOでみたソフトとの比較などである。これらの点を考慮しないと、導入期間の短さや運用管理の容易さといったSaaSのメリットを十分に受けられなくなる。

 野村総合研究所が07年7~8月に実施したアンケートで、企業にSaaS導入をためらう理由を聞いたところ、システム連携とセキュリティが他を引き離して高いという結果が出た(図7)。

図7●国内企業がSaaS導入をためらう理由
図7●国内企業がSaaS導入をためらう理由
野村総合研究所が07年7~8月、1500社を対象にしたアンケート。本設問の有効回答数は244件
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 だが実際にSaaSを導入した企業の感覚は少し異なる。セキュリティの確保への関心が高いのは同じだが、利用者の使い勝手を高めるためのカスタマイズの容易さ、それに保守運用を含めたTCO(総所有費用)の問題が続く。

データは預けた方が安全な面も

 社内ではなく、ベンダーのデータセンターにデータを預け、外部から利用する。情報漏洩によるリスクが高まるなか、セキュリティ対策に不安を覚えるのは当然のことだ。

 複数の企業のデータを預かるSaaS事業者もこのことは自覚している。セールスフォース日本法人の宇陀栄次社長はこう強調する。「CRMのようなシステムを完全に2重化してデータセンターで運用できる企業はそれほどないはず。数多くの企業からサービスを請け負っているからこそ、データセンターなどに十分な投資を振り向けられる。むしろデータを預けた方が安全性が高まる面もある」。

 SaaS専業最大手のセールスフォースだけではない。多くのSaaS事業者がデータセンターのセキュリティに力を入れている。

 各種申請などの人事管理システムをSaaSで提供するLacrasio(ラクラスイオ)を提供するラクラス(東京都文京区)では、データセンターにアクセスする端末に、シンクライアントを採用するなどして情報管理を徹底している。同社の北原佳郎社長は「USBメモリーでデータを持ち出したりできないように、セキュリティには万全を期した」という。

 健康飲料などを販売するタヒチアンノニ インク日本支社(東京都新宿区)は、こういった点を評価して、06年4月にラクラスのSaaSを利用し始めた。同社の柳瀬貴子 人事総務マネジャーは「データセンターや、そのデータベースにアクセスするシステムを実際に見て確認したが、社内でシステムを導入していたら、あそこまでの対策は不可能だ。SaaSの方がかえって安心できる」と話す。

 もちろん事業者が力を入れているからといって、セキュリティが完璧だというわけではない。

 調査会社のガートナージャパンの本好宏次リサーチ エンタープライズ・アプリケーション主席アナリストは「暗号化などの技術的な対策だけでなく、人的な対策もよくチェックすべき。個人情報を管理するスタッフの教育が行き届いているか、人の異動に伴いIDやパスワードをきちんと変更しているかといった点は確認しておくべきだ」と指摘する。

ポリシーと整合性を取る必要も

 設備をチェックする以外に、自社のセキュリティ・ポリシーがある場合には、これを満たすものかどうかも確認しなければならない。

 みずほフィナンシャルグループで富裕層向け資産管理サービスを提供するみずほプライベートウェルスマネジメントは、Salesforceを導入する際、500項目にわたる同社のセキュリティ・ポリシーを逐一チェックした。調査の結果、ポリシーの条件を満たさないものが5項目あった。

 例えばみずほプライベートのポリシーでは、毎月パスワードを変更するだけでなく、そのときからさかのぼって過去12回分と異なるものに設定しなければならないことになっている。ところがSalesforceは、過去5回分の履歴しかチェックできないのだ。

 セールスフォースのパートナーとなってみずほグループのSalesforce導入を支援している、みずほ情報総研の宮田隆司 金融ソリューション第2部部長は「運用方法を工夫して導入することに決めた」と話す。

 「Salesforceを使うには、まずパソコンにログインしなければならない。このパスワードは、過去12回分と違うことを確認しているため、安全性に問題はないと判断した」(宮田部長)。すでにみずほグループでは5社がSalesforceを利用している。

 日本郵政グループは、セキュリティ・ポリシーによって、社内システムを直接インターネットに接続できないため、専用サーバーを設置してSalesforceを使うことにした。管理するのは、郵便局会社における窓口での問い合わせや苦情の情報である。

 これらの情報は、郵便事業を統括する日本郵便とゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の3社にも提供する。日本郵政は、専用の中継サーバーを立て、インターネット経由でセールスフォースから情報を取得し、3社に転送する。郵便局会社の松波栄治システム企画部企画役は「連携のためのコストは大きなものではない」という。

 日本郵政グループはSalesforceの18カ月間の利用料やシステム連携の費用を含めて8億6000万円(税抜き)を投資した。大部分がSalesforceの利用料とみられる。