内部統制を構築するために取り組むべき課題は非常に多い。本番運用開始までの限られた期間で,効率よく対応しなければならない。そのためには,体制,評価範囲,目指すべき整備レベルなどの基本方針が明確になっている必要がある。それがなければ,いかに多くのリソースを割こうとも,プロジェクトは効率よく進捗しない。基本方針を定めずにプロジェクトを進めてはいけないのである。

準備,計画は重要

 内部統制の構築というと,文書化の作業がメインだと思われがちだ。諸規程の整備や基準・ルールの明文化,業務フローやリスク・コントロール・マトリックスの作成,整備状況やテスト結果のとりまとめなど,確かに文書に関連する作業は多い。また,監査への対応の観点からも,文書化は重要である。しかし,それ以上に重要なのは,全社統制環境の整備や文書化の作業に入る前に基本方針を明確に定めることの方である。

 いきなり文書化から始めてしまうと,手戻りなどにより作業量が膨らんでしまう。的外れな対応となってしまう場合も多い。なぜその業務プロセスを評価するのか,その業務プロセスはどのような観点からリスクを評価すべきなのか,といった根拠があいまいになると,評価すべきリスクと妥当なコントロールを決めることができなくなる。

 では,プロジェクトの準備,計画段階では何をすればよいのだろう。

 まずは,プロジェクト・チームを編成し,実施体制を明確にする。事務局を設置するだけでなく,経営者の関与の仕方や,全社的な協力体制についても検討しておくことが望ましい。

 次に,現状の全社統制環境について分析し,取り組むべき課題を分類する。その上で,子会社を含めた拠点について,いつまでに,何をどのレベルまで整備するのか,基本方針を策定する。

 さらに,評価する業務プロセスの範囲を決定する。評価範囲を検討する際には,実施基準の定める重要な勘定科目以外にも,業種や業態に特有の商習慣,本業との関連からの事業上の重要性,企業特有の風土などを考慮する。

 最後に,文書化フェーズ以降のプロジェクト計画を策定する。「事業や拠点による差異を考慮し,パターンを想定する」「パイロット実施を行う場合にはその範囲を設定する」「文書化標準を策定する」といった準備が必要である。文書化標準を策定する際には,外部の監査に耐えられるものを作っておきたい。例えば,業務フローを作成する場合,仕事の流れや業務の分掌状況,リスクの所在,統制の実施箇所や証憑の存在,ITの利用やスプレッドシートの利用状況など,表現したい情報は多い。これらをいかに一見して分かりやすく表現するかを考えておくのである()。

図●業務フロー図の例
図●業務フロー図の例
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 プロジェクトが順調に進んでいない場合,上記のような準備,計画作業に不十分な点はないだろうか。計画フェーズに十分な準備を行い,内部統制の評価範囲や取り組むべき課題,実施すべき作業を明確にする。その上で,プロジェクトの全体像を把握し,計画的な対応を実施すれば,効率的な対応が実現できるだろう。

有効性の評価にも基本方針は重要

 構築した内部統制の有効性を評価する際にも,基本方針は重要である。業務プロセスにかかわる内部統制の構築では,評価範囲についてリスク評価を行い,統制手続を整備するが,すべての統制手続について有効性を評価するのは膨大な作業となる。

 初年度の対応としては「決算・財務報告にかかわる業務プロセスの適正性を評価した上で,売上,売掛金,棚卸資産などの重要な勘定科目に係る業務プロセスを中心に,金額的,質的観点から重要な拠点や業務プロセスを選定する」「アサーション(正しさを保証する観点)の観点から,キー・コントロール(リスクを低減するために中心的な役割を果たす内部統制手続)を選定する」など,サンプリングやテストの範囲を絞り込むのが現実的だろう。

 このようにポイントを絞る場合にも,拠点や業務プロセスについて「初年度はどの範囲までを評価する」「次年度以降はどのように評価範囲を広げていく」といった基本方針は非常に重要である。


野田伊佐夫
株式会社豆蔵 IT戦略支援事業部 内部統制サービスセンター(C.I.S.C) 所長 主幹コンサルタント
 1994年,大手建設会社に入社。情報システム部に所属し,財務会計,事務管理,建設生産管理など基幹システムの開発を担当。オブジェクト指向による設計,開発手法のエンタープライズ・システムへの適用に取り組む。2006年株式会社豆蔵に入社。現在,内部統制サービスセンター所長として内部統制構築に関するコンサルティング・サービスを展開するとともに,コンサルタントとして数社の内部統制構築プロジェクトに参画している。