大手50企業を対象としたベンチマーク調査の結果は,システム保守の業務レベルを下げれば,保守コストが削減できることを示している。それがコスト・ドライバーなら効果は大きい。だが,そもそも業務レベルを下げていいものなのだろうか――。この問題に直面した企業の事例を基に,「コストをコントロールすること」の本当に意味を解説する。

黒須 豊
スクウェイブ 代表取締役社長

 今回はシステム保守について,ITコストと業務レベルの関係,およびITコストを最適化する上でカギとなる「コスト・ドライバー」についての知見を紹介しようと思う。特にシステム保守領域では,現場の業務実態を的確に把握・分析することが欠かせない。SLR(サービス・レベル・レイティング)調査に参加した企業が保守業務で試行錯誤した実例を基に,「コストをコントロールする」とはどういうことかを一緒に考えてもらいたい。

 保守領域における業務指標は,「変更管理レベル」「保守容易度」「ドキュメント整備率」「SLAレベル」の4つである(図1)。大手50企業を対象としたITコストのベンチマーク調査を基に,これらの業務レベルと保守領域のITコスト(以下,保守コスト)の相関係数を算出した(図2)。4つの業務領域のうち,相関係数が最も大きかったのは「変更管理レベル」である。これが保守領域におけるコスト・ドライバーである可能性が高い。

図1●保守領域の業務指標
図1●保守領域の業務指標
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図2●保守領域における,1ファンクション・ポイント当たりのコストと業務レベルの相関
図2●保守領域における,1ファンクション・ポイント当たりのコストと業務レベルの相関
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 「変更管理レベル」とは,システム稼働後に機能を追加したり,改善したりする一連の業務プロセスの成熟度を示す業務指標である。調査の結果,保守コストと明確なプラスの相関が確認された。しかもそれは,システムの開発言語にあまり依存しない。COBOLやCなど第3世代言語の場合は「0.46」,第4世代言語では「0.60」であった。

 相関係数を見ると,変更管理業務をしっかりやればやるほど保守コストが上昇するということが分かる。逆に言えば,この業務に手を抜いている企業ほど,投じるコストは少ない。企業の経営状況が厳しくなるなどの事情で,何とかITコストを効果的に削減したいと思った場合,保守領域では変更管理業務を整理すればITコストを効果的に削減できる可能性がある。

 前回でも述べたが,闇雲にITコストを削減してしまうと,業務に予期せぬ影響を与える恐れがある。とはいえ,コスト・ドライバーを明確にしておけば,その業務のレベルとコスト削減効果が予測でき,保守コストをコントロールしやすくなる。コスト・コントロールに対する企業の基本的な姿勢を問うものといえるだろう。

 ここで注意点が1つある。今回紹介する業務レベルと保守コストの相関は,現在の業務レベルと保守コストの関係に限ったものである。つまり,システム・トラブル対応など,将来発生するかもしれない潜在的なコストは別儀と捉えている。この点を念頭に置き,誤解がないようにしてもらいたい。

実例が示す,「業務実態に合わせること」の重要性

 では保守領域において,自社の業務レベルをどのように調整してコストをコントロールすればよいのか。それは,保守コストと相関の強い「変更管理業務の業務レベルを落とす」,つまり業務指標の5段階のレベル表を参考にしながら,適宜業務レベルを調整することである。例えば,変更管理の承認プロセスやドキュメントをシステム上で厳密に管理するのではなく,文書レベルで記録に残すにとどめる,といった調整をする。

 ただし,SLR調査で設定している業務指標やその業務レベルは一般的なものであり,個々の企業の実態に必ずしも合致するとは限らない。より効果的にITコストをコントロールするには,自社における保守業務の実態を把握した上で,業務レベルの調整に着手すべきである。単純に変更管理レベルを下げると,思わぬ痛手を被る危険性がある。

 実際に,ある企業が陥ったケースを紹介しよう。A社は,ある業務システムを稼働してから2年以上運用していた。しかし,テスト・フェーズでトラブルが多発していたこともあり,開発フェーズでのプロジェクト・マネジメントの体制をそのまま維持していた。その体制の中で,変更管理を含む保守業務を実施していた。

 カットオーバー直後は不具合が出やすいため,このような対応を実施することは珍しくない。しかし,稼働から2年以上経過しているにもかかわらず,開発完了時と同じ体制を維持したまま,というのはまれである。手厚い体制を敷いている分だけ,保守コストもかかっていた。