最終回となる今回は,モバイルWiMAXの適用領域と今後の展開を説明する。モバイルWiMAXはこれまで説明したように,標準で仕様が固まっているのは無線部分だけで,上位のネットワーク層はまだ規格化の作業が進行中である。

 このため,綿密に規格化された現行の携帯電話システムと異なり,提供事業者が計画するサービス形態や規模に応じてネットワーク構成が変わってくる。例えばモバイル寄りのサービスを計画すれば携帯電話システムの発展系である「LTE」や「UMB」に近くなり,システムが複雑化して設備投資額が高くなる。逆に固定通信に特化すればシステム全体が簡素化して投資額を抑えられる。

 一方,マーケットに目を向けると,モバイル寄りのサービスは既存の携帯電話事業者のパケット通信サービスと差異化が難しくなる。固定通信に特化した場合はADSLやCATVなどのブロードバンド・サービスと競合し,無線の特性を生かすことなく価格競争に引きずり込まれることになる。

 こうした状況を踏まえ,モバイルと固定通信の中間でどのようなビジネスモデルを描いていくか。ここにモバイルWiMAXが成功,発展するための鍵がある。

当面は固定ブロードバンドの代替用途が中心

 モバイルWiMAXは様々な展開が考えられるが,世界規模で見ると,当面は固定ブロードバンドの代替サービスとしての利用が中心になる。ブロードバンドが普及していない国では,モバイル環境を充実させる前に,家庭やオフィスにブロードバンド環境を提供してユーザーの需要を喚起することが重要になる。まずはモバイルWiMAXを固定ブロードバンドとして展開し,あとはユーザーのニーズに応じて段階的にモバイル・サービスも導入していくという考えを持っている事業者が多い(図1)。

図1●モバイルWiMAXの展開イメージ
図1●モバイルWiMAXの展開イメージ
当面は固定ブロードバンドの用途が中心となり,ユーザーのニーズに応じてモバイル利用も徐々に増えていくと考えられる。
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 次に有力なのは,パケット通信に比重を置いた定額制サービスの提供である。モバイルWiMAXを利用した携帯電話サービスの提供も技術的には可能だが,インフラが複雑かつ高価になる。高い移動性やカバー率を確保するには基地局を大量に設置しなければならず,大規模なSIPサーバーやゲートウエイも用意する必要がある。既に設備投資の回収が進んでいる携帯電話事業者と競合していくのも難しい。そこで音声は副次的なサービスに位置付け,パケット通信に特化することでインフラを“軽く”する。こうすれば完全定額制を導入でき,従量制課金が中心の既存の携帯電話とは一線を画したサービス展開が可能になる。

 将来はよりインターネットに直結した“オープン”なサービス展開が予想される。モバイルWiMAXの通信機能は今後,専用の通信端末だけでなく,パソコンやPDA(携帯情報端末),携帯ゲーム機,携帯音楽プレーヤ,デジタルカメラといった様々なデバイスに組み込まれていく。携帯電話のサービスは事業者に閉じたものが多いが,モバイルWiMAXは特定の端末や事業者に縛られないオープンなサービス展開になる。地域公共サービスやITS(高度道路交通システム)などの社会インフラとしての活用も進むだろう(図2)。

図2●モバイルWiMAXの活用シナリオ
図2●モバイルWiMAXの活用シナリオ
固定系通信事業者はモバイル・インターネット,移動体通信事業者は現行3Gの補完など,プレーヤごとに活用シナリオは異なる。将来は社会インフラとしての利用も進むと考えられる。
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 このほか,ごく一部ではあるが,モバイルWiMAXを本格的な移動体通信サービスに適用する事業者も存在する。米スプリント・ネクステルがその代表例だ。スプリント・ネクステルはモバイルWiMAXを移動体通信の第4世代に位置付けており,同社が計画するモバイルWiMAXのサービス「XOHM」(ゾーム)では移動性と広いカバレッジを確保してホットスポットの広域版を展開する予定である。このため,2010年までに多くの設備投資を計画している。家電を含めた自由度の高い端末を積極的に導入し,よりインターネットに直結したオープンなサービスを提供することで,既存の携帯電話サービスとは棲み分けを図る考えである。

802.16e-2005を高度化した802.16mの標準化も進む

 モバイルWiMAXは今後さらに進化する。IEEE802.16標準化部会は,IEEE802.16e-2005の規格を高度化して第4世代携帯電話(4G,IMT-Advanced)の標準の一つとして発展させるべく作業を進めている。具体的には,IEEE802.16mタスク・グループが標準化作業を進めており,「IEEE802.16e-2005標準との親和性の確保」「時速350km以下の移動時におけるハンドオーバー」「より高い周波数利用効率とセル・スループット(IEEE802.16e-2005の2倍以上)」「20MHz帯域の使用」などの技術要件が挙がっている(表1)。2008年10月~2009年6月の間にITU-R ITU-Advancedに提案書を出し,2009年12月までにIEEE802.16mの標準を発行する予定である。WiMAXフォーラムもこの動きに合わせてネットワーク相互接続性試験の仕様を拡張していくものと考えられる。

表1●IEEE 802.16mの要求仕様
表1●IEEE 802.16mの要求仕様 [画像のクリックで拡大表示]

携帯電話とは違った新しい使い方が登場する

 WiMAXフォーラムでのWave-2の認証が完了すれば,いよいよ本格的な商用展開が見えてくる。まずスプリント・ネクステルが商用化の先頭を切り,日本と台湾が続く。ベンダー側の動きも活発化しており,2008年中には集積度が高くて消費電力が小さいチップが登場する見通しである。その後,ノート・パソコンやPDAに接続するUSB端末などが登場し,実際にモバイルWiMAXを利用できる環境が整うことになる。ユーザーは手のひらサイズの端末を使って“いつでもどこでも”インターネットに高速アクセスできるようになり,既存の携帯電話とは違った新しい利用シーンが生まれることが予想される。2008年は通信事業者やメーカー,ユーザーが想像を膨らます年となりそうだ。

 なお,NECでは現在,日本や台湾,ブラジルなどでの実証実験を踏まえ,モバイルWiMAXの性能検証やアプリケーション開発を実施している(写真1)。2.5GHz帯(日本/台湾)と3.5GHz帯(ブラジル)を使い,各変調方式におけるカバレッジやスループット,遅延特性,ハンドオーバー時の性能をはじめ,ヌルフィル・アンテナの特性,受信ダイバーシチやHARQ(hybrid automatic repeat request)の効果などを検証している。ビデオ・ストリーミングやFTPによるファイル転送などを同時に行っても1ユーザー当たり数Mビット/秒以上のスループットが出ることを確認できている。

写真1●NECが開発したモバイルWiMAX装置
写真1●NECが開発したモバイルWiMAX装置 [画像のクリックで拡大表示]

 今後は,MIMOによるシステム容量の拡大,ビーム・フォーミングを利用したカバレッジの改善,屋内での通信性能,基地局の設置ノウハウなども検証していく。モバイルWiMAXを利用したアプリケーション開発は,VoIP(voice over IP)をはじめとするIP系サービスを中心に考えている。

NEC モバイルネットワークソリューション事業部
シニアエキスパート 森川 裕
WiMAXのシステム開発に従事