IT人材の育成に関して、産業界と学界はどう連携し、パートナーシップを組むべきか--。やや遅まきながら、こんな議論が本格的に進んでいる。舞台となっているのは、産学人材育成パートナーシップ情報処理分科会。情報技術系の大学関係者と、IT企業、ユーザー企業の有識者が一堂に会し、産学連携のあるべき姿を描くのが狙いだ。背景には、IT産業のみならず大学においても情報系学科に対する学生の人気が低迷傾向にあるといった事情や、産業界が求める新卒人材と大学の教育内容にミスマッチが生じているという問題意識がある。もちろん「優秀なIT人材の育成はIT産業は当然として、他の産業--金融、流通、製造--においても死活問題」との認識も大きい。

 読者の中には「今更そんなことを議論してどうするの?」とか、「ちゃんとした時間に帰れるようにするなど、職場環境や処遇をきちんとすれば人気は回復する。それなしに何を議論してもムダ」と考える人がいるかも知れない。が、議論を傍聴すると、それはそれで面白い。ここでは分科会における議論の流れと、自由討議の中で出た意見のいくつかを紹介しよう。

 分科会の冒頭では、まずIPA(情報処理推進機構)が実施した調査データの紹介や、情報処理学会が策定中の新カリキュラム「J07」の現状報告、産学連携の材料の一つとなり得る新・情報処理技術者試験の説明、産学連携に向けた文科省と経産省の施策、それに経団連からIT人材育成を統括するナショナルセンター構想とその役割の説明があった。

 その中で、分科会後半の議論で話題の一つとなるなど委員の関心が高かったのが、IPAが調査したデータの一つである、「産業界が大学に期待する教育内容」と「大学が重視している教育内容」の乖離である()。選択式で両者(産業界は357社、大学は113校が回答)に同一設問を聞いた結果、産業界が望む教育内容のトップ5は、多い方から1)システム・ソフトウェア設計、2)文章作成能力・文章力、3)チームワーク、4)プログラミング技術、5)リーダーシップとなった。

図●企業が大学に期待する教育内容と大学が重視している教育内容
図●企業が大学に期待する教育内容と大学が重視している教育内容 [画像のクリックで拡大表示]

 トップ5のうち3つが、ITと特に関係しないソフトスキル、ヒューマンスキルであり、ソフトウエア工学は7番目、情報数理科学は14番目、計算機科学は17番目である。これに対し大学が重視するトップ5は、1)プログラミング技術、2)計算機科学、通信・ネットワーク、3)情報数理科学、4)プレゼンテーション、となっている。企業が求める教育内容がこれでいいのか、大学はどうかの是非はさておき、乖離があることを理解しておいて欲しい(調査の詳細はIPAのサイトを参照)。

 その上で、自由討議があった。以下、主な発言を列挙する。例えば(大学)とあるのが大学側の委員、(IT企業)とあるのがIT企業の委員の発言である。

(大学) 産業界のニーズと大学の教育内容にギャップがあるというIPAの調査は、(我々、大学人にとって)いささか衝撃的な結果だ。だが、これには理由がある。現在の情報工学系の標準カリキュラムは、計算機科学(CS)が中心の「J97」。多くの大学が、これを軸に授業を実施してきたことだ。その意味では、今後、産学の共通意識を醸成するために「J07」の中のどこにどう、優先順位をつけるかが大事だ。ただしCSはITにおける基礎、つまり工学分野における数学みたいなもの。ここに情報系における教育のベースがあることは間違いない。

(ユーザー企業) 一口にIT人材の育成というが、もっと整理したうえで議論しないと、全体がぼやけるのではないか。ユーザーとベンダー、基本技術系の人材と応用系の人材では求められるものが違う。期待する学生の能力も、基本的な論理力を持っている学生、言語で言えばJavaではなく、Cobolを知っている人と、応用力(即戦力)に長けた人は分けて考えるべきだ。

(大学) (学生からの)情報系の人気が低迷している理由の一つに、情報系がどういう分野なのかというイメージが明確にないことがある。加えて他の工学系学部/学科では、「情報技術をやりたい場合、何も情報系学科に行かなくても、同じことを学べる」と言っている。典型例がロボット工学だだろう。情報系なら学べて、他の分野では学べないことは何か。それを明らかにすることが、IT人材像を明確にすることにもつながる。

(大学) 「J07」による体系的な育成プランに加えて、日本の強みを生かすようなIT技術者の育成が必要だ。日本は今、海外のソフトを使うだけに終わっているが、逆になれば夢が広がっていく。何でそれができないのか、もちろん簡単に答えは出ない。しかし日本には自動車、ロボットなど強みがある。それに関連するIT、それから日本の品質力を生かして、モジュールを作って出していく。その辺をもう少し戦略的にやらないと、問題を解決できないのではないか。申し上げたいのは、戦略を作り、その上で人材像、教育に反映することだ。