写真1●RFID導入のポイントは「フォーカスを絞る」こと
写真1●RFID導入のポイントは「フォーカスを絞る」こと
[画像のクリックで拡大表示]
写真2●日経コンピュータ記者の安東 一真氏
写真2●日経コンピュータ記者の安東 一真氏
[画像のクリックで拡大表示]

 「RFID(無線ICタグ)は,サプライチェーン全体などといった大規模な導入から,特定の業務にフォーカスを絞って導入するように企業のスタンスがシフトしている」---。日経コンピュータ記者の安東 一真氏は,ITpro EXPO 2008の講演「RFID最新事例に見る投資効果を生む術」で,最近のRFIDの導入状況をこう分析した。

 安東氏はまず,2005年~2006年の導入事例を振り返りながら紹介した。それは,米国のWal-Martや国防総省の事例,国内のヨドバシカメラの導入事例といったものである。これらは規模が大きく,ICタグ利用の先端事例として大きな話題になった。しかし安東氏は,「その後のICタグの普及はあまりはかばかしいものではなかった」と言う。

 たとえばWal-Martでは,商品にICタグを張るサプライヤーは着実に増えている。とはいえ,「ICタグを張ることで商品管理などのメリットを得られるのは主にWal-Martであり,ICタグを実際に張るサプライヤー側のメリットや効果がなかなか測れていない」(安東氏)。こうした点が明らかになり,複数の企業をまたいだ大規模なICタグ導入事例は,広がりが鈍化している状況にあるというのだ。

 このような経緯があったことから,2007年には状況が変化したと安東氏は分析する。「“ここなら導入効果がある”という部分を見極めて,ICタグを導入するスタンスが増えている」と言うのだ。講演では,導入効果を明確にした2007年のICタグ導入事例を4件紹介した。

特定の業務にピンポイントでICタグを適用し効果を得る

 安東氏が最初に紹介したのは,建設機械を製造するコマツの事例。部品工場と建機工場の間で,部品の管理をするために導入した。

 導入のきっかけになったのは,2007年1月に建機工場である茨城工場を新設したこと。それまでは部品と本体を同じ工場で作っていたため,部品の“遅れ”などがあっても状況が目に見えるため調整が可能だった。ところが茨城工場の稼働により,部品は別の工場で作り運ぶことになった。「部品の製造が遅れたときの情報をどうやって知るか,この問題を解決する手段としてICタグを採用した」(安東氏)というわけだ。

 部品工場では,組み立てに使う部品の製造や出荷のタイミングでICタグをハンディ・リーダーで読み込む。茨城工場でも建機本体の製造工程に従ってICタグを読み込む。こうすることで「部品工場と茨城工場でリアルタイムに情報を共有できるようになり,部品の製造のタイミングを適切に管理できるようになった」(安東氏)。当初は社内利用からスタートして効果を確認し,2007年11月には協力企業にも導入を広げることになったという。

 次は日本通運の事例で,安東氏は「投資回収があっという間にできた例」として紹介した。同社は海外赴任者向けに家財道具を預かるトランクルームの収容効率を上げるために,2007年4月にICタグを導入した。

 従来は手書きの伝票と台帳で管理しており,伝票を見て各コンテナの内容を確認できるようにするために,トランクルーム内には人が通れるだけの通路を用意していた。「ICタグでコンテナの位置を管理できれば,確認のための通路をなくせる。トランクルームにはコンテナを“ぎっちり”詰められるようになり,収容効率は約3割も向上した」(安東氏)。コンテナにICタグを付けるとともに,トランクルームの床にもICタグを設置。フォークリフトでコンテナを運ぶ時に,コンテナのICタグと床のICタグを読み込むことで,コンテナの収容位置を把握する仕組みになっている。

 ICタグ導入のコストは,「情報システムと併せて1億円程度の投資。ICタグはその半分の5000万円以下。トランクルームは東京都品川区にあり,土地の値段が高い。収容効率の向上は大きな効果があり,投資回収につながっている」(安東氏)と言う。

セキュリテ対策に絞って効果を発揮

 続いて安東氏は,セキュリティ対策に導入効果を絞った事例を二つ紹介した。

 一つは三菱東京UFJ銀行が2007年10月に稼働させた事例で,文書のセキュリティ管理を徹底しようというものである。基幹システムの設計書などは,最終版は電子的なドキュメントになっているが,開発途中の資料は紙で残っているものも多く,それが数十万枚にものぼる。こうした紙の文書の管理を強化することが目的でICタグを採用したという。

 「資料は執務室の外に持ち出さないことが前提であり,オフィスの各部屋の出入り口にゲートを設置し,故意・過失に限らず持ち出しを禁止する」(安東氏)。このシステムではUHF帯のICタグを採用して読み取り性能を高めたが,ゲートに近づくだけでICタグを読み取れてしまい誤動作する心配があった。そのため,「ゲートには人感センサーを取り付けてリーダーと連動させ,人がゲートを通るときだけICタグを読む工夫を凝らした」(安東氏)といった裏話も披露した。

 もう一つは埼玉縣信用金庫で2007年7月に稼働した,社内便の仕分けシステムへの適用事例。配送センターでは毎日3000通ほどの社内便を仕分けしており,その配送精度を高めることが目的である。「これまで,文書の未達が数カ月に1回程度あり,そのたびに大騒ぎして探していた」(安東氏)。

 導入したシステムでは,社内便の封筒にICタグを付けて配送履歴を管理する。社内便で使う封筒には2種類ある。一つはA支店からB支店へなどの配送経路が決まっている「専用封筒」で,「A支店→B支店」という情報とICタグのIDをひも付けておく。配送センターではリーダーで読むだけであて先が分かるので,仕分けの間違いをなくせる。もう一つは汎用の社内封筒で,どの支店から来たかの情報がICタグに付けられ,さらに配送センターで仕分けする際にあて先情報を記録する。これにより,「確実な社内便の配達が可能になるとともに,『送った送らない』といったトラブルを防げる。セキュリティ対策に加えて業務の効率化にも寄与している」(安東氏)。

 安東氏はこれらの導入事例から,「ICタグは,企業間などでの大規模な導入事例よりも,まず社内で対象となる業務を絞って導入する事例が増えている。対象を絞ることで,効果を着実に出せる。ICタグの導入を考えている方は,“ここなら使える”という業務を見極めて考えるといいのではないか。そこで得たノウハウが,将来,やってくる企業間利用にきっと役立つ」と提言して講演を締めくくった。