写真●日経コンピュータの市嶋洋平記者
写真●日経コンピュータの市嶋洋平記者
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 「二重化などの対策を施したシステムでも,ダウンする例が多発している。これからは,システムは『必ず止まる』という前提で対策を考えなければならない」。日経コンピュータの市嶋洋平記者は 2008年1月30日,ITpro EXPO 2008で講演し,システム・ダウンなどが起こっても事業を継続できるようにする「BCP(事業継続計画)」が重要であると語った。

 昨年は,首都圏16鉄道の自動改札機システム障害,全日本空輸の国内線システム障害,NTT東西のひかり電話サービス障害など,大規模なシステム障害が相次いだ。いずれもシステムを冗長構成にしたり,システムの一部が自律稼働できる仕組みにしたりするなど,基本的な障害対策に抜かりはなかった。「潜んでいたバグや人為的なミスが1つだけなら問題は起こらなかっただろう。だが実際には,問題が二重,三重にかさなったため,システムがダウンしてしまった」。市嶋記者は,システムを止めないための対策だけでは不十分であり,事業継続に着目すべきであることを示唆した。

業界内で,取引先にBCPを求める「連鎖反応」

 BCPは,基本的には自社の事業を守るためのものだが,「実は社内でシステム停止が問題になるというよりも,外部からの要求,圧力のほうがが非常に高まっている」(市嶋記者)という。

 例えば,「御社の主要な事業所の設備が災害などで使えなくなったときに,代替案をお持ちですか?と取引先から問われる企業が増えている」と市嶋記者は話す。部品メーカーからの供給が止まれば完成品を組み立てられないように,自社の事業継続を実現するには,取引先にも事業継続を求める必要があるからだ。さらに最近は,「御社の取引先に対して,BCPの策定と実行を要求していますか?」という形に要求が高まりつつある。

 続けて,富士通の取り組みを紹介した。富士通は2007年度下期から,部品メーカーの9割に対してBCPの策定・実行を要求している。対象となる部品調達額は2兆7000億円にのぼる。まだ強制力はないが,だんだんと付けていく考えのようだ。また,富士通自身も,取引先からBCPへの取り組みを問われているという。「業界の中で,BCPを求める連鎖が起きている」(市嶋記者)。

投資負担が少ない,同業同士の相互システム利用

 システム面のBCP対策としては,これまではバックアップ・センターを設置することが多かったが,新たな動きもある。これからは,「同業同士で手を組み,障害発生時にシステムを融通し合うことも重要になってくるのではないか」と市嶋記者は2つの例を挙げる。

 まず証券取引所では,ジャスダック証券取引所と大阪証券取引所が組んで,売買システムを相互にバックアップできるようにしている。システムの作りは全く違うので,同じバグで同時にダウンする可能性は極めて低いというメリットがある。

 地方新聞社でも同様の事例がある。昨年9月,ある大手地方新聞のシステムがダウンした際に,緊急時援助協定を結んでいた別の新聞社に記事データを送って,新聞を発行することができた。このやり方は,バックアップ・センターを設置するより投資負担が小さくて済む。

一番重要なのは「訓練」

 事業継続の計画を立て,完璧に実装できていると思っていても,そこには落とし穴がある。市嶋記者は「実際にシステム・ダウンや災害を想定した訓練をやってみると,問題が出ない企業は皆無という状況にある」と指摘する。

 実際に見つかった問題は多岐にわたる。ある大手食品会社では,現場から上層部に電話で判断を仰ぐ際,上層になるほど人が少なく,連絡が途中で詰まってしまったという。某メーカーはバックアップ・システムを作っていたが,バックアップ・システムを呼び出す仕組みがバックアップの対象から漏れていることが判明した。緊急時に携帯電話のメールを利用することになっていたが,スパム・フィルターに引っかかって届かなかった。緊急時に利用するはずだった予備のパソコンがリース切れによって撤去されていた――などである。こうした問題を一つひとつ潰していくには,訓練が不可欠になる。

 計測機器メーカー大手の山武は,ユニークな災害訓練を実施している。普通の防災訓練やITの災害訓練では,「シナリオ通りにうまくいったかどうか」を見る。だが,山武は社員の判断力を養いたいと考え,事前に通知したシナリオにない事態を発生させた。バックアップのサーバーにアクセスしたいと言った社員に対して,「こことバックアップ・サーバーのある建物を結ぶLANが壊滅している」といったアクシデントを追加して,臨機応変に対応させるというのだ。「ここまでやっている企業は非常に少ないと感じた」(市嶋記者)。