2008年。いよいよ無線LANの実効速度が有線LANに迫る。伝送速度300Mビット/秒の無線LAN仕様「IEEE 802.11n draft 2.0」に準拠した企業向けアクセス・ポイント(AP)製品が次々に登場してくるからだ(図1)。2.4GHz帯と5GHzの両帯域を同時使用できる製品であれば,合わせて最大600Mビット/秒の帯域を確保できる。2007年10月末に出荷が始まったシスコの製品を皮切りに,アルバネットワークスやトラピーズネットワークス,メルー・ネットワークスといった大手ベンダーが2008年前半までに製品を国内に投入する計画である。

図1●2008年に企業向けのIEEE 802.11n無線LAN機器が出そろう
図1●2008年に企業向けのIEEE 802.11n無線LAN機器が出そろう
既に出荷中のシスコに加えてメルー・ネットワークスなどが対応製品を出荷予定。
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最大600Mの帯域で有線に迫る

 IEEE 802.11nは,プロトコル改良やMIMOなど複数の技術を使って伝送速度を高めた無線LAN仕様。2007年1月には,最終版の策定時にハードウエア面での変更が生じない程度にまで細部を詰めたドラフト仕様(draft 2.0)が策定され,2007年後半から対応製品が登場し始めた。

 実効速度は100Mビット/秒前後と100BASE-TXの有線LANに匹敵するレベルである。帯域不足を理由に無線LANの導入を見送ってきたユーザーにとっては待ちに待った新仕様と言える。ネットマークスの荒川 滋・技術本部企画推進部長は「オフィス・アプリなら11a/gの実効20Mビット/秒超で十分と言えるが,帯域不足を理由にAPの数を多めにしていたユーザーであれば11n導入でAPの数を減らせる可能性がある」と見る。

 11nの標準化完了は,現時点の見込みでも2009年7月と2年近く先。だが,「draft 2.0の完成度は高い。議論の焦点はBluetoothなどとの干渉を避けるための仕様で,draft 3.0および将来のdraftで議論を進めたとしてもソフトウエアの変更で対処できる」(アセロス・コミュニケーションズの大澤智喜社長)。

 既に業界団体のWi-Fi Allianceはdraft 2.0対応製品の相互接続テストや認証プログラムを実施中で,各ベンダーが同認証を取得する意向だ。主なクライアントとなるノート・パソコンに搭載される802.11nモジュールについても2007年6月以降「Wi-Fi CERTIFIED」ロゴの取得が進んでいる。高速無線LANのメリットを重視するのであれば,あえて802.11nの標準化を待つ必然性はないと言えるだろう。

電波の飛びは変わるも設計に大差なし

写真1●802.11nの設計例
写真1●802.11nの設計例
複数アンテナ,複数チャネルを使う802.11nでは,電波の指向性が複雑になる。写真はメルー・ネットワークスの説明資料。

 802.11nでは,a/b/gと比べると電波特性がガラリと変わる。アンテナ1本で同心円状に放射するのが一般的な従来の無線LANとは異なり,電波の届く範囲がいびつな形になる(写真1)。

 また802.11nでは,複数のアンテナと複数の伝送チャネル(ストリーム)を使い,実効速度を高めるようになっている。例えば反射波を演算によってデータ信号として活用したり,補正用の信号をやり取りする無線機を追加するなどして実効速度を高める。このため電波環境の予測と実効速度がかい離する場面が増える。

 こう聞くと,802.11a/b/gの導入に際して電波設計で苦労したユーザーは不安に思うかもしれない。ただ,実は11nでもそれほど心配は要らない。ベンダーは無線LANのAPに出力や指向性を自動制御する仕組みを実装し,全体のスループットを安定させる工夫をこらしているためである。

 この仕組みは802.11 a/b/gの無線LAN上でも,IP電話の音声を扱うために必須のものだった。これと同様の機能が802.11n製品にも実装されている。設計に際してユーザーが気にすべき点はあまりない。アルバネットワークスの小宮博美・技術統括部長は,「30mおきにアクセス・ポイントを設置するだけで安定している事例がある」という。

PoE給電では実効速度が低下

 注意が必要なのは,802.11nのAPは消費電力が大きいことである。無線LAN APの給電にPoEを使っているユーザーは特に気をつけておきたい。

 具体的には,802.11nの製品を従来のIEEE 802.3af準拠のPoEスイッチで使うと,電波環境の悪いオフィスなどでは実効速度が低下する可能性がある(図2)。IEEE 802.3afの最大供給電力である15.4Wでは,稼働する無線機の数を絞らなければ電力不足に陥るからだ。

図2●802.11nのPoE給電はフル機能を利用できない恐れがある
図2●802.11nのPoE給電はフル機能を利用できない恐れがある
現行のIEEE 802.3af規格では15.4Wが限界。802.11nは無線機を複数使うことで実効速度を高めているため,環境によっては物理速度とのかい離が広がる可能性がある。
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 (1)三つある無線機のうち二つだけを使う,(2)2.4GHz帯と5GHz帯の一方には非対応とする,(3)複数のケーブルで給電するというように,工夫すれば使うことはできる。(1)はアルバネットワークスとメルー・ネットワークス,(2)はシスコ,(3)はトラピーズネットワークスの場合だ。

 それでもユーザーの利便性は落ちる。(1)の方式では,補正用に使う3台目の無線機を無効にする。物理速度自体は300Mビット/秒で変わらないものの,補正用の信号は使えなくなる。電波環境によっては実効速度が低下する可能性がある。(2)の方式では,2.4GHz/5GHz帯両対応のモデルをIEEE 802.3afのスイッチでは使えなくなる。(3)の方式ではPoEスイッチのポートを二つ占有する必要がある。このため,トラピーズネットワークスが2008年第2四半期以降の投入を予定するMP-432はGbEを2ポート備える。

 IEEE 802.3at準拠のPoEスイッチであれば,(1)~(3)の回避策は不要になる。ただ802.3atの標準化までまだ時間がかかるため,独自の給電ソリューションを提供するベンダーもある。例えばシスコは,Aironet 1250向けのPoE給電装置を別途用意する。トラピーズネットワークスも「別途高出力の給電機器を用意する予定」(佐藤博社長)だ。802.11n対応製品の機能とPoE給電をフル活用したいユーザーは,(1)~(3)のどれが自社のネットワーク設計に影響を与えるかを評価する必要がある。

25GHz帯で150Mビット/秒の構内無線も

写真2●NECネッツエスアイの25GHz帯無線「NTLINK 25G」
写真2●NECネッツエスアイの25GHz帯無線「NTLINK 25G」
免許不要で利用できる25GHz帯を使い,物理速度150Mビット/秒で2.5km伝送できる。

 802.11a/gでは帯域が不足する場面で,選択肢に上る無線技術は11nのほかにもある。その一つがNECネッツエスアイの「NTLINK 25G」だ(写真2)。免許不要で利用できる25GHz帯を使う。2008年は11nの需要とともに,こうした無線も需要が拡大するかもしれない。

 NTLINK 25Gの物理速度は150Mビット/秒,実効速度は全二重で56Mビット/秒である。指向性アンテナを内蔵し,建物をポイント・ツー・ポイントで結ぶような使い方に向く。

 多くの場合こうした用途には,指向性を高めたアンテナを組み合わせたIEEE 802.11b/g無線LANや赤外線などによる光無線が使われる。ただ前者には2.4GHz帯の電波環境の悪さという弱点がある。

 後者も,光軸の調整の難しさや降雨による不通が弱み。「免震構造の建物は揺れることで耐震性を高めている。ピンポイントで位置合わせする光無線機は動作が不安定になりやすい」(NECネッツエスアイの瀧川 守ネットワーク事業統括本部テレネットワークス事業本部社会インフラシステム事業部ネットワークソリューション部技術課長)。

 NTLINK 25Gは,利用者が少ない25GHz帯を使うため他の無線機器の影響を受ける可能性が低い。光無線に比べると周波数が低く降雨の影響は少なめ。指向性が広いので免震構造のビルでも安定した通信が可能だ。

 とはいえ遮へい物を回り込んで電波が到達する周波数帯ではないため,向かい合わせに見通せる環境でなければ使えないという弱点は残る。そこでNTLINK 25Gでは位置合わせ用の簡易ファインダーを設け,ユーザーが自分で位置合わせができるようにした。取り回しの良さから「通信事業者が緊急に回線を確保する必要がある場合や災害時の暫定的な通信に使う事例がある」(瀧川技術課長)という。