米マイクロソフトが米ヤフーに対して446億ドルと巨額の買収提案を発表し,世間を驚かせた。過去にもマイクロソフトはヤフーに秋波を送ってきたが,ついに有無を言わせぬ買収策に出た格好だ。唐突にも見えるマイクロソフトの強硬策だが,同社の戦略を見ると必然的なタイミングと言える。コンシューマ向けゲーム機「XBox」を中心としたホーム・ネットワーク分野で,垂直統合的なサービス展開を実現するのが真の狙いと言えそうだ。インターネット広告ではグーグルの独り勝ちが続くが,マイクロソフトはヤフーを手中に収めることで検索連動型広告“以外”に注力する戦略が考えられる。

(日経コミュニケーション)

 米マイクロソフト(MS)が2月1日,米ヤフーに対して株式交換または現金による446億ドル(約4兆8000億円)での買収を提案したことを発表した(関連記事)。1株当たり31ドルというMSの提案は,1月31日の終値に対し62%のプレミアムが付加されている。

 この買収が成功すれば,インターネット業界では2000年のタイムワーナーとAOLの合併(買収金額は約1650億ドル)以来の大型合併となる。MSとヤフーが合併となれば,単純計算で売上高約650億ドル(約7兆円)の巨大なソフトウエア・インターネット企業が誕生することになる。

 過去にも,MSは数度にわたりヤフーにラブコールを送っていた。しかしヤフーは,独立会社としての事業運営が基本であるとして,これまではくみしてこなかった。では,今回の買収提案はどう動くのか。MS,ヤフーの置かれた環境や両社の強み,弱みから分析していこう。

MS,ヤフーともに時代に乗り遅れていた

 ヤフーはインターネット世界のマスメディアであり,それを生かしたバナー広告ビジネスがコンピタンスである。一方,MSはソフトウエア開発能力を生かし,法人向けインフラ構築にコンピタンスがある。両者とも,コンピタンスの分野では極めて強い存在だ。

 しかし,両社に共通する弱みがある。2001年以降次々と起きている,検索,SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス),音楽配信といったインターネット技術革新に乗り遅れていることだ。これは,MSの「Zune」,ヤフーの「Yahoo!360」がともに不調であることを考えれば自ずと分かるだろう。

 ヤフーはこの5年間,SNS,RSS(rdf/rich site summary),ブログ,検索などインターネット上のイノベーションのほとんどで後手に回っている。そのため,売上高や株価などでライバルであるグーグルとの差は開くばかりだ。一方のMSは,そもそもBtoCビジネスが苦手であるという弱点を持つ。Windowsの実際の得意先はエンドユーザーではなく,パソコン・メーカーなのだ。

 両社は,伸び盛りの広告ネットワークでも後れを取り,グーグルに水をあけられている。例えばヤフーは,「ヤフーFinance」,「ヤフースポーツ」など人気コンテンツを持っているため,バナー広告では一定のシェアを持っている。しかし,2007年に開始した広告ネットワークの「Panama」は,思った通りの成果を出していない。

 MSの広告ネットワーク「Ad Center」は,ターゲティング技術自体は広告クライアントから評価を得ていた。だが,いかんせんトラフィックが少なく,大きなビジネスには結び付いていなかった。

映像配信,ユニーク・ユーザー数,メール・アカウント数はグーグルに勝る

 逆に,両社が強い面もある。例えば映像配信などでは,既存メディアとの強いパイプを持つ両社はアドバンテージを持つ。確かに,今はグーグルの「検索連動型広告」(AdWords/AdSense)が目立つが,ネット広告の手段は検索連動だけではない。MS,ヤフーが両社の強みを生かせば,グーグルとは目指す方向の異なる巨大なインターネット企業になる。

 このシナリオを具体的に見ていこう。2008年のインターネット業界のキーワードは,「インターネット to テレビ」だ。昨秋からアメリカ4大ネットワークのテレビ局は,インターネット上のコンテンツ配信を本格的に始めている。

 ヤフーは,2001年から2007年まで元・米ワーナー・ブラザーズのテリー・セメルCEOが経営していた。その間,マスメディア志向を強め,スポーツ,動画,ファインナンス情報などのコンテンツ開拓には一定の成果があった。

 一方,MSは米NBCとの関係が強く,アメリカでNBCが行ったオリンピックのインターネット配信をMSが裏で支えた。また,英国では英BBCが手掛ける映像配信をソフトウエアの面でサポートしたり,英BTのIPTVサービス「BT Vision」をXBoxで視聴可能にするなどの動きをしている。総じて,BtoBビジネスに強みを発揮している。

 MSは2010年にはネット広告市場が,約800億ドル規模と2007年の2倍に拡大すると予測している。今のところ,この市場における主役はグーグルだ。検索に連動して広告を表示する検索連動型広告では,ヤフーの3倍弱,MSの6倍弱という圧倒的なパフォーマンスを示している(各社の2007年第4四半期決算数値による)。これでは,MSがヤフーを買収してもグーグルの天下は揺らぎそうにない。

 しかし,検索以外に目を向けると話は変わってくる。MSによるヤフー買収が成功すれば,1カ月にサイトを訪れる「Unique visitors」の数で12億(グーグルの約2倍),メールのアカウント数は約8300万アカウント(グーグルGmailの約6倍)と,世界最大のインターネット媒体が誕生する。この圧倒的な顧客リーチを生かしたコンテンツ配信戦略が取れれば,今後,グーグルにとっても脅威となるに違いない。

不調のヤフーは買収提案の完全拒否は難しい

 インターネット業界の勢力分布を大きく変える可能性のある今回の買収提案に対しては,憶測も含めさまざまな情報が飛び交っている。

 ヤフーは元来,MSへの対抗心が強いこともあり,あくまでも独立経営の可能性を探るのではないかという見方もある。だが,ヤフーのここ最近の業績やMSが提示した条件を考慮にいれると,軽々しく「No」とは言いづらい状況にある。

 ヤフーが1月29日に発表した2007年第4四半期(10~12月期)の決算では,売上高こそ前年同期比8%増だったが,営業や開発にかかわるコスト増などの影響で営業利益は同38%の減少となった。決算発表の場で,マーケットにおける「逆風」を理由に,1万4300人の従業員のうち約1000人を削減すると発表している。

 ヤフー自身も手をこまぬいてきたわけではない。2007年6月には同社の創業者であるジェリー・ヤン氏を最高経営責任者(CEO)に再度据え,経営再建を目指していた(関連記事)。だが,思うような成果は上げられていない。浮上のきっかけをつかむため,MSの買収提案を受け入れる素地はあると思われる。

 ただし,買収金額が妥当かどうかについては見解が分かれる。MSの買収提案では62%のプレミアムを上乗せしているが,これは低迷していた1月末時点の株価をベースにしたもの。一説では,同社の潜在的な資産価値は1株当たり39~45ドルという見方もある。今後,買収価格の妥当性は重要な論点となるだろう。しかし,MSに妥当価格までの増額余地がある限り,買収価格の大小がディール・ブレーカー(買収が失敗する要素)にはなりえないと筆者は見る。

[編集部注]
米ヤフーは米国時間の2月11日,買収金額が「著しい過小評価」との理由でMSの買収提案を拒否した。ただし,MSは買収そのものを断念するつもりはなく,今後も交渉を続けるとしている(関連記事)。

 買収実行の阻害要因をあえて挙げるとすれば,企業文化の違いによりヤフーから大量の人材が流失するリスクくらいである。ただ,これはふたを開けてみないとわからない。

 なお,ヤフーにホワイトナイトが現れるという情報もあるが,筆者はこれが実現する可能性は低いと見る。具体的には,米ニューズコーポレーション,米AT&T,「AOL」を運営する米タイムワーナーなどの名前がホワイトナイトとして取りざたされている。

 しかし,ニューズ社のルパート・マードック会長は,2月4日の会見でヤフー買収に参戦するつもりのないと公言。その他の企業にしても,総額446臆ドル以上になる買収資金を正当化できるほどの戦略上のメリットはないだろう。

買収の予兆は「CES」での両首脳の発言にあった?

 今回のMSによる買収提案は,同社が説明している合併による四つの改善点もさることながら,その裏には,両社の弱点を解消し,将来成長が見込まれるホーム・ネットワーク市場への垂直統合戦略という側面があることも忘れてはならない。

 2008年初頭に行われたConsumer Electronics Show(CES)で,MSのビル・ゲイツ氏は「the connected experience」という言葉で,端末の区別なくコンテンツをより楽しむ環境になることを示唆した。例えば,テレビとパソコンの垣根をなくし,パソコンでテレビを見たり,テレビでインターネット接続するといったビジョンだ。

 MSの戦略では,XBoxがインターネットの映像コンテンツをテレビに運ぶセットトップ・ボックスに位置付けられている。そのため,インターネット・コンテンツをテレビに映す「Extender」と呼ぶソフトウエア・プラットフォームの強化を進めている。

 ただし,誰がインターネット・コンテンツを集め,使いやすく整理するのかといった要素がMSの戦略には抜けている。ところが同じCESにおいて,ヤフーのジェリー・ヤン氏は,あらゆるメディアでヤフーを「the best starting point」(どんな端末でも最初に訪れるページをヤフーにする)にしたいと宣言している。両社のビジョンは,偶然か必然かは分からないが互いに補完する関係になった。

 仮にMSによるヤフー買収が成立すれば,MSは端末,ソフトウエア,コンテンツ配信をすべて手掛ける垂直統合的なサービスが可能になる。

 以上のように,MSはホーム・ネットワーク戦略上でインターネット・コンテンツを必要としている。一方,創業者ジェリー・ヤン氏が復帰しても業績が回復しなかったヤフーは,業績回復の起爆剤を欲している。奇しくも,両社の利害は一致しているのだ。2006年ごろから毎年噂されては消えていたMSのヤフー買収劇は,まさに今年,図らずも機が熟したといえそうだ。

志村 一隆(しむら かずたか)
情報通信総合研究所 主任研究員
1991年早稲田大学卒業,WOWOW入社。2001年ケータイWOWOW設立,代表取締役就任。2007年より情報通信総合研究所で,放送,インターネットの海外動向の研究に従事。2000年エモリー大学でMBA,2005年高知工科大学で博士号を取得。

藤井 敏雄(ふじい としお)
情報通信総合研究所 サンノゼ支店長
前職の通信事業会社では主として海外投資(M&A&D)・グループ会社戦略策定を担当,情報通信総合研究所サンノゼ支店設立に伴い2007年8月より現職。一橋大院卒(専攻:会社法・国際私法)。