システム開発におけるトラブルの1つが外注あるいは下請けに関するものである。 「独占禁止法」とともに,「下請法」の正確な知識を身に付けて欲しい。

 東京電力の水力発電工事管理システムの開発を日本電気(元請け会社)から受託したソフト開発会社(下請け会社)が,同システムの一部(システム管理機能,請負工事費積算機能,予算集約機能,実績管理機能など)の開発をさらに再下請け会社に委託する契約を,1986年9月30日に締結した。

 契約交渉開始の段階で,下請け会社は「プログラムの規模は3万5000ステップ相当」としていたので,再下請け会社は当初3000万~3300万円の概算金額を提示していたが,その後の交渉の結果,最終的に委託代金は2862万円になった。

 ところが実際に開発を始めてみると,プログラム規模は10万1000ステップに上った。このため再下請け会社が下請け会社を被告として3万5000ステップを超える作業工数に対する報酬として1億4618万円を請求する訴訟を起こした。「2862万円という代金は3万5000ステップの規模を前提にしたものであり,それを超えた場合は追加費用が発生する」,というのが原告(再下請け会社)側の主張だった。

 裁判所は,「被告が提供した機能仕様書と詳細設計書に基づいて,契約締結までに原告がより正確な見積もり額を算定することは可能だった」としたうえで,「契約書には対価を総額2862万円とすることは記載されているが,プログラム規模の記載はない。このため,受託業務の規模が3万5000ステップ程度であることを前提として委託代金を決定した事実は契約には存在しない」と判断し,原告の請求を棄却した。(東京地方裁判所1997年6月12日判決,判例時報1546号29頁)

 今回は,ユーザー企業からシステム開発を受託したITベンダーが,システム開発の一部を別のベンダーに委託する,いわゆる「下請け」に関する法律を取り上げる。

 元請け会社が人的または技術的な不足を補うために,外部のソフト会社に開発を委託する行為はごく日常的なものだ。それだけに,元請けと下請け間でトラブルが発生しないよう,関連する法律をしっかり理解していただきたい。

独占禁止法で規制

 下請けに関する紛争は,昔から多い。最も典型的なのは,冒頭の事件のような追加費用の負担を巡る紛争である。

 これは委託者(元請け会社)側が,具体的な仕様が確定していないにもかかわらず,なるべく安い金額で受託者(下請け会社)に開発作業を行わせようとすることに起因する。下請け会社側は,元請け会社より弱い立場にあるため,リスクを指摘したうえで合理的な契約条件を確保しにくい面がある。

 仕様が定まらないまま開発作業を進めた場合,下請け会社が成果物を試作した段階で,元請け会社がやり直しを要求することもある。この仕様変更にかかわる元請けと下請け間の紛争も極めて多い。

 こうした「下請け泣かせ」の行為を制限する法律には,「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」がある。この法律は2003年以前は「製造委託」と「修理委託」を規制の対象としており,システム開発委託は対象に含まれていなかった。このため,システム開発の下請けに関する不公正な取引に対しては,独占禁止法の「優越的地位の濫用」を適用するしかなかった。

 優越的地位の濫用とは,取引上の地位が相手よりも上であることを利用して不公正な取引を行うことを言う(図1)。1998年には公正取引委員会が,「委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針」を発表し,システム開発などの委託取引における独占禁止法の解釈を明確にしている。

図1●独占禁止法で定められた優越的地位の濫用の例
図1●独占禁止法で定められた優越的地位の濫用の例

 しかし独占禁止法の上では,個々の事件ごとに,優越的地位の濫用の有無を判断する必要がある。下請け会社にとっては,元請け会社が下請け会社に対して相対的な優越性を持っていることと,元請け会社が優越的地位を濫用したことを証明する手間がかかるわけだ。実際問題として,優越性の有無は企業規模だけで決まるものではないため,その証明は簡単ではない。

 そこで,迅速に下請け会社を救済できるよう,下請法をシステム開発にも適用する必要性が指摘されるようになった。こうした声に応えて,2003年6月に下請法が改正された。

元請け会社に様々な義務

 2003年6月の改正により,元請け会社が下請け会社にシステム開発を委託する「情報成果物作成委託」やシステム運用サービスなどを委託する「役務提供委託」に対しても,下請法が適用できるようになった。

 下請法では,下請け会社に委託する元請け会社を「親事業者」と呼ぶ。資本金1000万円以下の企業に発注する場合は資本金が1000万~5000万円の企業,資本金5000万円以下の企業に発注する場合は資本金が5000万円を超える企業が親事業者に該当する。成果物作成委託の場合は,元請け会社だけではなく,元請け会社への発注者(ユーザー企業)も親事業者とみなされる。いずれにせよ,資本金の多寡によって,下請法の適用の可否が決まることには注意が必要だ。

 親事業者は,必ず契約書を作成して下請け会社に交付しなければならず(下請法3条),下請け会社が成果物を納品(または作業を終了)した日から60日以内に下請け代金を支払う義務を負う(2条の2)。加えて,成果物の受け取り拒否,不当に低い代金,不当な仕様変更とやり直しの強制といった不公正な取引も禁止される(4条,図2)。下請法の親事業者に該当しない企業も,独占禁止法(優越的地位の濫用の禁止)は遵守しなければばならない。下請法は,そのための行動基準にもなる。

図2●下請法における親事業者の禁止事項
図2●下請法における親事業者の禁止事項

 ただし,下請法はシステム開発委託に関するすべての問題をカバーする法律ではないし,裁判になると結審までに時間がかかる。やはり重要なのは,元請け会社と下請け会社の両者が適切な契約書を取り交わすことである。冒頭の事件のように,元請け会社が示したステップ数を前提とした請負契約を締結する場合は,「工数が超過したときは追加費用が必要になる」ことを契約書に明記しておくべきだ。

辛島 睦 弁護士
1939年生まれ。61年東京大学法学部卒業。65年弁護士登録。74年から日本アイ・ビー・エムで社内弁護士として勤務。94年から99年まで同社法務・知的所有権担当取締役。現在は森・濱田松本法律事務所に所属。法とコンピュータ学会理事