ITコストを他社よりも多く投じているからといって,安易に削減するのは危険だ。IT業務のレベルを高く保つために,高いITコストを必要とするケースもあるからだ。ITコストの真の効率性は,業務レベルを踏まえて議論すべきである。さらに,ITコストと高い相関関係にある業務,「コスト・ドライバー」を見つけ出せば,ITコストを最適化する糸口がつかめる。

黒須 豊
スクウェイブ 代表取締役社長

 前回,大手企業50社が「開発」や「運用」「保守」といった業務領域ごとに投じているコストの調査結果を紹介した。読者の皆さんは何を感じただろうか。若干の集計作業は必要だが,自社のITコストについても同じ数値を算出し,50社の数値と比較してみてもらいたい。概算値しか算出できない場合でも,自社が他社と比べてどの領域に多くのコストをかけているか,あるいはかけていないかが,おぼろげながら見えてくるだろう。

 しかしこれも,あえて言えば「ITコストの大小が分かる」というだけにすぎない。単純にITコストの大小だけを他社と比較するのは危険だ。業務効率が悪くてITコストがかかりすぎている場合もあれば,しっかりした理由があってITコストをかけている場合もあるからだ。その事情を考慮せずに他社とITコストの大小を論じても,導かれる結論には何の意味もない。

今のITコストが,将来のITコストに影響

 この問題は,通信事業者に支払う回線コストにたとえると分かりやすいと思う。同じ通信速度で利用できる回線であっても,サービスの品質を保証するSLA契約の有無やその内容の違いによって,支払うコストは異なる。一見,安価な回線を利用してコストを抑えても,サービスレベル・アグリーメント(SLA)のレベルが低いのであれば,障害が発生した場合に復旧に時間がかかり,かえってITコストは増えてしまう。つまり,通信事業者に支払っている回線コストは,「将来発生しうる潜在的なリスクの影響を抑える意味合いも含まれる」わけだ。ITコストも,これと同じように論じる必要がある。

 将来発生しうる潜在的なITのリスクは,現在実施しているIT関連業務の「業務レベル」と密接な関係がある。この「業務レベル」とは,端的に言って開発,保守,運用などの各業務を遂行する体制や業務の進め方が明確であるかどうか,組織的な運用システムのもとに業務が推進されているかどうかを示すものである。

 「IT業務が属人化していないこと」が,高い業務レベルにあると判断する条件だ。組織的にしっかりと業務を行っていれば,将来発生しうる潜在的なリスク(コスト)を低く抑えられる(図1)。

図1●業務レベルを向上させると,現在のITコストは増加するが,将来的に必要になるITコストを低減する効果が見込めるケースがある
図1●業務レベルを向上させると,現在のITコストは増加するが,将来的に必要になるITコストを低減する効果が見込めるケースがある

 将来の潜在的なリスク(コスト)を抑えるためには,現在の業務レベルを上げる必要がある。そのためには,それなりのITコストを必要とするケースもある。現在,ある程度のコストをかけてSLAの管理を徹底している企業の多くは,このような本質を理解しているといえる。ITコストの妥当性を考える上では,業務レベルを踏まえる必要があるのだ。

50社の業務レベルの実態はいかに?

 では,前回ITコストの金額が明らかになった50社について,各社の業務レベルはどのようになっているのだろうか。

 今回のベンチマーク調査「SLR(サービスレベル・レイティング)」では,システムの「開発」「保守」「運用」といった業務領域を,もっと細かい業務指標に分解して業務レベルを分析している。業務領域ごとに3~5の「業務指標」を設定し,それぞれの業務指標について,実践している業務のレベルを5段階あるいは3段階で評価している。CMM(能力成熟度モデル)やITIL(ITインフラストラクチャ・ライブラリ),あるいはIT統制の国際的ガイドラインCOBIT(Control Objectives for Information and related Technology)などを参考にしながら,特に国内企業向けにアレンジしたうえで設定した。詳しくは図2を参照してほしい。現在表示しているのは開発領域の業務指標だけだが,図をクリックして拡大表示すると,5つの業務領域に関するすべての業務指標を参照できる。

図2●各業務領域を構成する,業務指標の内容
図2●各業務領域を構成する,業務指標の内容
図2●各業務領域を構成する,業務指標の内容
[画像のクリックで,5つの業務領域における,すべての業務指標を表示]

 5段階で業務レベルを評価する場合,「レベル5」が最も高く,「レベル1」が最も低い,という意味である。業務レベルの判定は,あらかじめ詳細に質問項目を規定したインタビュー・シートに基づいて,各企業に直接インタビューして分析し,評価した。

 業務指標ごとに,レベル5と評価された企業もあれば,レベル1と評価された企業もあった。また,50社全体として平均的にレベルが高い業務指標,低い業務指標があった。例えばメインフレームの運用領域では,「問題管理レベル」という業務指標の平均は4.92であり,50社はおしなべて非常に高いレベルにあった。一方,開発領域の「ユーザー業務レベル」という業務指標では,各社の業務レベルが1.50~5.00の範囲にちらばり,平均値は2.54にとどまった。

 業務の実施水準を示す業務レベルは,高ければ高いほど良い。ただし,ITコストとの関係で考えると,一概にそうとはいえないケースがある。高い業務レベルを維持しているとしても,ITコストが一般的水準をはるかに上回っているとするならば,それはITコストの妥当性に問題があると言える。

 肝心なのは,同じ業務レベルの企業同士でITコストを比べることだ。そうすれば,自社のITコストに関する真の効率性が浮き彫りになる。具体的な分析例は後述するが,業務レベル別に集計したコスト・データをグラフにプロットすると,特定企業のITコストの効率性が一目で分かるようになる。