わかりにくいタイトルで申しわけない。

 先週(2008年1月30日~2月1日),ITpro EXPO 2008のリアル・イベントが東京ビッグサイトで開催された。そこでは140を超える講演や対談が行われ,IT業界の著名人も多数登壇した。筆者は,ソフト開発者向けの企画「XDev in ITpro EXPO」にかかわっており,舞台(セミナー会場)と楽屋(講師控え室)の両方で登壇者の話を聞くことができた。そこで印象に残ったのが,三つの言葉だ。

 講演やパネル・ディスカッションのように,人前で話をしなければならない企画は,登壇者に(個人差はあるが)たいてい緊張を強いるものだ。そのため,自分の出番を終えて控え室に戻ると,みな緊張から解放されるせいか,普段よりもやや饒舌になる。講演の出来に対する反省から始まり,まだしゃべりたかったことや聞きたかったこと,はたまた最近の仕事や趣味に関することなど,いろいろな話が聞ける。

 別セミナーの登壇者と挨拶を交わしたり,情報を交換したりといったこともよくある。自分がセミナーに出て話をしたりするのは苦手なので,できることならやりたくないと思うが,講師控え室にいるのは楽しい。複数のキーマンや著名人と同時に接することができる貴重な時間である。

 1月30日の控え室では,対談を終えたひがやすをさんと高橋征義さんが休んでいるところに,(別の用事で来ていた)まつもとゆきひろさんが加わった。みな顔見知りであり,さっそくよもやま話に花が咲く。例えば,まつもとさんがブログに書いた,PHPについての言及が波紋を呼んでいることにツッコミが入り,それについてまつもとさんが釈明する(真意を語る?)といったやり取りがあった(その内容については,ひがさん高橋さんまつもとさん,それぞれのブログを参照してほしい)。

 その話の流れで到達した結論は,まつもとさんは“ただの”言語オタクであるということだった(ここでの“ただの”はおもしろおかしく強調した表現)。いわく,まつもとさんはマネジメント能力に欠けているので,火を噴いたプロジェクトに投入すると,さらに面倒なことになる,といった話で盛り上がった。

 笑い話として聞きながら,会社や組織の中で“ただの言語オタク”として居られることがある意味すごい,と思った。実際,まつもとさんが開発プロジェクトに直接関わることはないと言う。ひがさんも,Seasar2の開発とコンサルテーションをやる以外,インテグレーションなどのほかの開発案件にはいっさいタッチしないらしい。つまり,彼らは,会社から特別なポジションとして認められているわけだ。もちろん彼らは,そのポジションを得る(そして維持する)ために,RubyやSeasar2といった確固たる成果物を世に出し,様々な活動を行っているわけである。

目標とポジションは自分で決める

 自分がこうありたい,ここをより所として活動していきたい,という立ち位置を決めることは大切だ。まつもとさんと対談した高橋智隆さんは,「ロボットクリエイター」と名乗り始めたことで,自分がこうありたいというイメージが明確になり,その後の活動にプラスになったと語った(関連記事)。セルフ・プロデュースと言うと面はゆいが,やはり目標とポジションぐらいは自分で決めたいものだ。

 会社や組織の中で,自分にとって心地よいポジションを得るための近道の一つは,得意分野を磨くことだろう。同じく講演の登壇者である吉岡広隆さんと小野和俊さんも,他人よりも抜きんでた部分を作れ,と語っていた。小野さんの「ラストマン戦略」(誰かが困ったときに最後に頼りになる人間になる)は,まさにエキスパートへの道である(関連記事)。

 では,得意分野を持ち,磨くにはどうすればいいか? 人は誰でも,好きなことに熱中したり,至近な目標を一つひとつクリアしていくことには快感を感じるものだ。その過程では,いろいろと努力しているのだが,本人はそう感じない。そこにヒントがある。

 XDev in ITpro EXPOの最後のセッションでは「一人開発プロジェクト」をテーマとして,三人(今井浩司さん,高倉真一さん,中條達雄さん)の“一人プログラマ”に対談してもらった(関連記事)。その中で,中條さんは「こんなものを作りたい」と思うことが重要であり,そしてそれを作り上げるためには「強引さに近い情熱が必要」と述べた。

 「情熱なんて青臭い精神論で何が出来るか」といった他人の視線を気にすることなく,「自分にはちょっと無理かも」といった弱気に負けることなく,目標に向かって没頭する。強引に近い情熱とはそういうものではないだろうか。そうしてゴールに到達したときの喜びや満足感はひときわ大きいと,三人は異口同音に語った。

 もう一つ,今井さんは,一人でプロジェクトをやり遂げたり,組織の中で自分の意志を貫くために重要な資質として“バランス感覚”を挙げた。これには,自分自身をきちんとマネジメントするという意味のほかに,自分にできないこと,苦手なことを認識して周囲や組織と折り合いをつけるという二つの意味があると筆者は思う。

 前述の控え室でのまつもとさんとの会話の中で,筆者は,これだけ有名なのだから独立して起業したいと思わないかと聞いてみた。すると彼は「僕は一人では生きていけないタイプなんです」と笑って答えた。翌日,まつもとさんが所属するネットワーク応用通信研究所の井上浩社長にお会いする機会があったので,その話を伝えてみた。すると井上さんは笑いながら「それが我々の役割分担なんです」と言った。そのとき,これがまつもとさんのバランス感覚なんだなと感じた。

 立ち位置と情熱とバランス感覚──あわただしいイベントの中で,筆者は三つの言葉を心にとどめた。月並みだが,優れた人,興味深い人,ユニークな人と直にあって話をすると,いろいろな刺激を受ける。この刺激によって発生した“やる気”をいつまでひっぱれるか。そこが凡人である筆者の壁である。