村上氏写真

村上 智彦(むらかみ・ともひこ)

1961年、北海道歌登村(現・枝幸町)生まれ。金沢医科大学卒業後、自治医大に入局。2000年、旧・瀬棚町(北海道)の町立診療所の所長に就任。夕張市立総合病院の閉鎖に伴い、07年4月、医療法人財団「夕張希望の杜」を設立し理事長に就任同時に、財団が運営する夕張医療センターのセンター長に就任。専門分野は地域医療、予防医学、地域包括ケア、チーム医療。

* このコラムは、メールマガジン「夕張市立総合病院を引き継いだ『夕張希望の杜』の毎日」の連載コラム「村上智彦が書く、今日の夕張希望の杜」を1カ月分まとめて転載したものです(それぞれの日付はメールマガジンの配信日です)。


■1月4日 今年の目標


あけましておめでとうございます。

夕張での2回目のお正月を迎えることができました。昨年は大晦日から当直で、随分忙しいお正月でしたが、今年は同僚である2人の先生のご配慮で、この仕事を始めて、初めてお正月休みをいただきました。

休みといっても、普段できない大掃除や、書類、原稿に追われて積読になっていた本を読み、結局忙しい休みになっています。

昨年と同様夕張神社で初詣を済ませて、おみくじは「吉」でしたが、「健康面に不安あり」とのお告げでした。

年末の雪かきやら片づけて腰を痛めて横になっていた私には妙に納得できました。

本日書かせていただくのは、もちろん今年の目標です。

たくさんありすぎて、書くのも大変なのですがいくつか挙げますと……

まずは、昨年立ち上げた医療センターの運営を軌道に乗せることです。

現在も様々な手段で資金を調達し、運営を円滑にするような手段を講じていますが、まだまだ安心できるレベルではありません。

北海道の地域では雇用を生むための企業というのが少なくて、その意味では役場や医療機関は大切な雇用の場でもあります。

うちの法人でも貴重な専門職を含む70人の職員とそのご家族がいるわけですから、それが無くなるということは住民の安全保障の面でも、雇用の面でも大問題です。

地域医療ばかりではなく、自治体の再生のためには、人材が最も貴重な財産ですから、従業員が安心して働ける職場環境を作るのが現時点での私の一番の仕事だと思っています。

次に他の地域との連携です。

私は今回の夕張での仕事はここだけの問題ではなく、ここでのノウハウや情報は、医療崩壊に向かっている他の地域に必ず役立つものがたくさんあると思っています。

できるだけそれを伝えて、将来的には地域間で連携をして運営を安定化することを考えています。

その他、職員のレベルアップのための研修の充実、学会への参加、住民向けの健康講話や健康教室、他の企業との連携、本を書くこと等たくさんありますので、このコラムで少しずつご紹介したいと思っています。

新しいものを作り上げていくためには、かなりのエネルギーと時間が必要です。次の世代に迷惑をかけないように、焦らずに頑張ってみようと思います。

本年もよろしくお願い申し上げます。


■1月11日 地域での医療スタッフの募集


私が夕張での地域医療再生を引き受けた時に、最初の問題が医師、看護師、技師等医療スタッフの確保でした。

特に地域での医師の確保に関しては難しく、北海道の他の自治体でも一番の問題になっていました。

私は以前から自分で「おかしい」と思っていた従来の医師募集方法は止めました。

従来の方法とは、

  • 「とにかく困っているから来てほしい」、
  • 「ここで骨を埋める覚悟で」、
  • 「お金を積むから誰でもいいから来て欲しい」

といった感じで、これでは来たくもなくなります。

さらに来てくれた医師に対しても、

  • 行政は保健・医療・福祉を全部丸投げ、
  • 住民もコンビニ受診を繰り返し、
  • 赴任した医師は疲弊し燃え尽きていく、

といった図式を北海道は昔から続けてきたと思います。

そこで大学の医局にお願いするのをやめ、インターネットを利用して医師を募集することにしました。

民間医局と呼ばれる事もありますが、最近では医師を地域に紹介する専門の人材派遣会社も出来ていて、「ドクタースタイル」という会社のご好意で医師を募集することができました。

その中で医師に希望したことは以下のような点です。

  1. ずっとここの地域で仕事をするのではなく、数年間単位で頑張ってもらいたい。
  2. 専門的な医療技術ではなく、幅広く診られる知識や経験、在宅医療、医療経済、行政との付き合い方、予防医療の実践等を学んでほしい。
  3. 北海道の自然環境、安全な食材、歴史等 ここでなければ提供できないものを楽しんでもらう(スキーの級を取る、ここを拠点に北海道を歩いてもらう、子供を安全な環境で育ててもらい北海道を経験してもらう等)。
  4. ある程度経験や知識のある方には権限を与えて、地域包括ケアの構築、研究等の実践の場として活用してもらう。

要するに、誰かの犠牲の上で成り立つのではなくて、普通の人が来て、北海道ならではの環境で楽しめて、また次の人がくるといった「システムとして支える地域医療」であってほしいと思っていました。

結果として2人の募集に対して10人位の希望者の方が来てくださり、現在2名の先生方が頑張ってくれています。

今後は医師と同じように看護師さん、理学療法士さん、作業療法士さん等で、腕に覚えがあり、北海道で生活してみたくて、チーム医療に理解のある医師の元で権限を持って地域包括ケア、在宅医療、訪問看護ステーションの立ち上げ等をやってみたい方がいたら是非募集したいと思っています。

例えば看護師さんに対しては、ここに骨を埋めるのではなく、

  • 半年単位で春から秋にかけての「エアコンのいらない北海道」「杉花粉症のない夕張」バージョン
  • 秋から春にかけての「スキー・スノボ」「冬の北海道、温泉」バージョン

等の採用を考えています。

夕張を拠点に働きながら北海道を満喫できれば嬉しいですね。

辛く暗い我慢のイメージの地域医療ではなく、来たい人が来て地域を支えるといった方法が確立できたらいいですね。

是非皆様の周りにそんな考えを持つ方がいたらご紹介ください。


■1月18日 冬の夕張


成人の日を迎えるとお正月気分も抜けてやっと通常の勤務に体が慣れてきた感じです。

連休の夕張は、久しぶりの連日氷点下10度を超える冬らしい冷え込みと大雪の毎日でした。特に医療センターのある社光は標高の高い山間の地形から、一段と雪も多く暮らすのは大変です。

自宅のある鹿の谷も毎日20‐30cmの雪が積もり、私も1日4回の雪かきと車庫の屋根の雪下ろしに追われていました。お正月の飾りを持って神社へ行くと、雪のために階段が無くなり、車道を歩いて夕張神社の境内へ登りました。

北海道の冬は厳しいですが、反面そのお陰で夕張のスキー場の雪質は最高で、温泉の温かみを実感することができます。厳しい冬があるから春の暖かさや季節の変化に触れて、四季の変化を楽しむことができるのだと思います。

メロン農家の方に聞いた話ですが、かの有名な夕張メロンは寒暖の差が大きいほど甘くなり、冬に畑が雪に覆われることで一度土壌がリセットされないと、すぐに病気が蔓延して畑が駄目になるのだそうです。

私は夕張の自然環境がとても好きです。

標高が300m位あるので冬は大変ですがスキーや温泉が楽しめて、夏は避暑地となり、杉の木が無いので春先の花粉症もありません。川の一番上流ですので、水が綺麗で美味しく飲めます。

元々「夕張」という名前はアイヌ語のユーパロ(鉱泉の湧き出る土地の意味)から来ていて、実は温泉地でもあります。

札幌や千歳空港から1時間圏内で高速道路もあり、特急が停まる駅もあるのですから、陸の孤島でもありません。

素人である行政が観光に手を出して大きな借金を作って破綻しましたが、民間に任せていたらきっと素晴らしい観光地になっていたと思います。

明治時代からの炭鉱の歴史、自然環境、スキー場、温泉、安全な水や食材、夕張メロン等、ここの土地はマスコミの報道では伝わっていない、健康のための環境や可能性に溢れています。

その魅力を一番理解していないのは実は地元も人達なのかもしれません。


■1月25日 出張の日々


最近の夕張医療センターは、一番の問題になっていた老人保健施設の入所者数が30人を超えて一安心です。

外来は予約が一杯になり、つい先日も新患が10人以上来る状態で、少々忙しくなって来ています。2月からは在宅支援診療所となり、訪問看護ステーションも立ち上がる予定です。

さて、私の週末は当直か、そうでない日はほとんど講演のため出張しています。遠くは長崎や横浜、新潟、近くでは札幌や旭川といった道内ですが、すでに10月の予定まで入っています。

講演の依頼理由の多くは「破綻した夕張の現状を知りたい」というものだと思っていましたが、実は夕張の様な自治体の破綻、医療の崩壊といった問題は都市部にも及んでおり、案外危機感を感じた切実なものが殆どだということに驚いています。

大きな都市部でも診療科目の縮小や医師の撤退、自治体の財政による公共サービスの縮小など、具体的に形になってきていて、現地の人達と話をしていると本当に夕張が日本の縮図となっている事に驚いています。

かなり忙しくて出張も大変ですが、夕張での出来事が少しでも他の地域の参考になり、反面教師として破綻や崩壊が防ぐ事ができたら私としては満足です。

今週は土曜日に札幌へ行き、同じ日に飛行機で羅臼町に向かい講演するという強行軍ですが、相手方の皆さんが真剣に取り組んでおられるので、頑張りたい気持ちになります。

空港や札幌から1時間で移動できる夕張の地理的条件は、随分助かっています。時間があればできるだけ出かけて、多くの地域に現状を知ってもらいたいと思っておりますので、興味のある方はご一報ください。


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財政破綻した夕張市と共に破綻した夕張市民病院。その経営を引き継いだ「医療法人 夕張希望の杜(もり)」を広告収入で支援するメールマガジン。購読は無料。運営コストを除いた広告掲載料が「夕張希望の杜」に寄付される。発行者は木下敏之氏(前・佐賀市長/木下経営研究所所長)。村上智彦医師のコラムのほか、病院のスタッフ、関係者などの寄稿を掲載している。