米国時間2008年1月16日,米Sun MicrosystemsはスウェーデンのMySQLを10億ドルで買収すると発表した(関連記事:SunがMySQLを10億ドルで買収,「イルカの飛翔を手助け」)。Sunは高性能サーバーやデータセンター・システムなどで知られるIT業界の老舗企業。MySQLは1995年の設立で,オープンソースのデータベース管理システム(DBMS)を手がける企業。同名のソフト「MySQL」は,米Googleや米Yahoo!,中国Baiduといったネット業界のメージャー・プレーヤーにも採用されるなど,今や世界で広く普及しており,同社はオープンソース業界のワールド・リーダーなどとも言われている。

 オープンソースの雄であるMySQLがSunというIT大手に買収されたことは,少なからず業界に衝撃を与えた。またSunはこの買収でデータベース市場に参入することになるが,これにより,米IBM,米Microsoft,米Oracleといった競合企業に価格競争の面でプレッシャーを与えることになるとアナリストらは見ている。

 これまでにMySQLを巡っては,Oracleが買収提案を持ちかけ,それをMySQLが一蹴したという経緯がある(関連記事:MySQL vs Oracle,買収合戦の行方)。しかしMySQLは今回Sunの提案をすんなりと受け入れた。MySQLのCEOであるMarten Mickos氏は,「Sunの企業文化とビジネスモデルは,MySQL設立以来からのそれを完全な形にするものであり,この2社の組み合わせは,技術革新や成長,選択肢を求めるあらゆる企業に絶好の機会を与える」とまで言っている。なぜOracleならだめで,Sunは歓迎だったのだろうか。今回両社の思惑が一致したことは明らかではあるが,その理由とは何だったのか?

MySQL,顧客は1100万の企業・団体

 まずMySQLがどんな企業なのかを簡単におさらいしておく。今やMySQLはWebアプリケーション構築環境「LAMP」(Linux,Apache,MySQL,PHP/Perl )の1つとしてすっかり定着している。同社が公表している顧客リストをみると,エレクトロニクス,通信,メディア,小売りといった分野の大手企業や政府機関の名がずらりと並んでおり,その影響力の強さがうかがえる。MySQLは,これら企業・団体が日々提供するネット・サービス/情報発信の基盤となるオープンソース・ソフトとなっているのだ。

 MySQLは,無償/有償のデュアル・ライセンス形態をとり,オープンソース・ライセンス規約のもと,ソースコードを無償公開している(関連記事:米国で人気高まるオープン・ソースDB「MySQL」)。無償で広く一般に使ってもらい,企業などから商用利用のライセンス料やサービス料を得るというのが同社のビジネスモデル。企業向けのサブスクリプション形式のサービスパッケージ「MySQL Enterprise」は,今や1100万の企業・団体に採用されており,同社の主力商品になっている。

 MySQLはスウェーデンで設立されたが,現在はスウェーデンとカリフォルニアの2カ所に本拠地を置き,全世界で約400人の従業員を抱えている。また同社には米Intel,米Red Hat,ドイツSAPといった企業が出資している。非公開企業のため,業績報告は行っていないが,SunのCEO兼社長Jonathan Schwartz氏によれば,2007年の年間売上高は5300万ドル。MySQLは同年に売り上げを40%伸ばしたが,この年はIPO(新規株式公開)に向けた準備などで費用がかさみ赤字になったという。

オープンソース戦略と赤字からの脱却

 一方のSunは,高性能サーバーなどのハードウエア製品のほか,JavaやSolarisといったソフトウエア技術でも有名な企業。1982年,スタンフォード大学で校内ネットワーク用のワークステーションを開発したAndy Bechtolsheim氏や,現会長のScott McNealy氏,後にSPARCプロセサやJavaの開発に携わったBill Joy氏などによって設立された。しかしITバブル崩壊後は業績が悪化。巨額赤字を出し,株価急落という苦い経験を持つ(関連記事:生まれ変わろうとする米Sun,ビジネスモデルの再構築は成功するか)。

 その後も赤字か収支トントンという状態が続いていたが,ここ最近は黒字転換を果たしている。2007年度の通期売上高は138億7300万ドルで,純利益は4億7300万ドル。売り上げ規模では米Micorosoftの3分の1,利益ではMicorosoftの30分の1。またAppleの前年度の売上高は240億ドル,純利益が35億ドルだったので,SunはAppleの半分ほどの規模ということになる。こうしてみるとIT業界をリードしてきた同じ老舗企業でも経営という側面では大きく異なっているのがよく分かる。

米国で最大のオープンソース・ソフト企業

 そのSunが今回10億ドルを投じてMySQLを買収する。その狙いはどこにあるのだろう。まずSunの直近の四半期業績をみてみよう。売上高は36億1500万ドルと前年同期から約1.4%増えている(関連記事:Sunの2007年10~12月期決算,黒字が2億6000万ドルに倍増)。このうちサーバーなどの製品売上高は減少しているが,サービスの売上高は4.6%増となっている。この製品売上高の伸び悩み,サービス売上高の上昇という傾向は,過去6カ月の業績結果をみても同じである。

 New York Timesの記事によれば,Sunの2007年の売上高のうちオープンソース・ソフトに関連するサービス収入の占める割合は28%。前述の07年10~12月期でも,サービスの売り上げは全売上高の約38%を占めている。

 Sunはここ最近自社ソフトのオープン化など,オープンソースの活動に取り組んでおり,今や米国で最大のオープンソース・ソフト提供企業とまで言われるようになっている。Jonathan Schwartz氏がCEO兼社長に就任してから,Sunはソフトウエア・ライセンスのサブスクリプションやオープンソース化戦略を推し進めている。それはJavaやSolarisといった同社の代表的なソフトだけでなく,プロセサの設計情報にまでに及んでおり,こうした施策が業績にも表れているのだと思える(関連記事:Sun,「UltraSPARC T2」プロセサの設計データをオープンソース化)。

 Sunが現在推進しているのは,同社のさまざまな技術をオープンソース化し,それに関連するサービスによる収入を得るというビジネスモデルである。同時にサービスを提供した顧客にハードウエア製品を使ってもらい,売り上げ増につなげるというのが同社の今の戦略である。

 携帯音楽プレーヤなどの手頃なガジェット製品と関連サービスを全世界に普及させ,その顧客基盤で高額パソコンの売り上げも伸ばすというAppleのモデルに似ているような気もする。こうした手法が今のIT業界で生き延びていくために必要なのかもしれない。無料あるいは廉価な製品,安定収入が見込めるサービス,そしてハイエンドの製品,これらの組み合わせが効果をもたらすようである。