今月初め,ちょっとした事件があった。ブロガーのRobert Scoble氏が,米国の大手SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)であるFacebookから自分のデータをスクリプトによってオンラインアドレスブックのPlaxoに移行しようとしたところ,Facebookからアカウントを停止されたというのだ。スクリプトによって短時間に大量のデータを読み出そうとしたことが規約に抵触したのだという(Scoble氏のブログ「Facebook disabled my account」)。

 Scoble氏が知られたブロガーだったためこの事件は話題になり,400以上のコメントやトラックバックがつき,米国の技術情報ブログTechCrunchなども取り上げた。Facebookの対応に憤慨したScoble氏が即日加入したのが,DataPortability Workgroup(データポータビリティWG)という団体である。

データポータビリティ,オープンなID

DataPortability WorkingGroupのロゴ
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OpenIDのロゴ
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OpenSocialのロゴ
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 データポータビリティWGはデータをどこのWebサービスにも容易に持ち運べる(portable)ようにするための設計やポリシーの基準を作成し,広めることを目的とした団体だ。

 Scoble氏の事件がきっかけになったのか,1月8日にはデータポータビリティWGは,Google,Facebook,Plaxoの社員が同WGに参加したと発表した(Dataportabiliy Workgroupの共同創設者Chris Saad氏のブログ記事「Individuals from Plaxo, Google and Facebook join DataPortability.org Workgroup」)。1月10日には,ビジネスに特化したSNS LinkedIn(関連記事)の社員もデータポータビリティWGに加わった。参加を表明したLinkedIn社員のBlogには「Who Owns Your Data? (hint: you do)」,すなわち「あなたのデータは誰のもの?(ヒント:あなた)」とある。

 DataPortability Workgroupが描くポータブルなサービスの青写真は,OpenIDやAPMLといった技術に基づく。

 APMLはAttention Modified Markup Languageの略で,ユーザーが何に興味を持っているかというアテンション情報を他のサイトに持ち出すためのXMLデータフォーマットで,データポータビリティWGのメンバーが策定したものだ。

 OpenIDは複数のサイトで同じIDを使用できる仕組みだ(関連記事)。米SixApartの社員などが役員を務めるOpenID Foundationが策定し,日本ではOpenid.ne.jpが発行サービスを行っている。

 OpenIDも勢いづいている。2008年1月17日には米Yahoo!がOpenIDに対応し,Yahoo!IDで外部サイトを利用可能にすると発表した(関連記事)。これによりOpenIDアカウントの数は約3億6800万に達するという。日本のヤフーもOpenIDを発行する予定だ(関連記事)。日本ではほかにはてなやLivedoorなどがOpenIDの認証サービスを提供している。

 データではなく,Webサービス上でのアプリケーションでのロックインをオープン化しようという試みもすでに始まっている。Googleなどは2007年7月,複数のSNSで共通のアプリケーションを開発するための標準API「Open Social」を発表した(関連記事)。MySpaceや日本のミクシィなども賛同を表明している。FacebookはSNSをOSのようなプラットフォームとして,その上でアプリケーションを開発できるようなAPIを公開,対応アプリケーションが1万3000に達し,これにより最も注目されるSNSとなった(関連記事)。Open Socialは,アプリケーションがひとつのSNSにロックインされている状況をオープン化することで,Facebookの先行を切り崩そうとするGoogleなどの戦略だ。

 データポータビリティWGやOpenID,Open Socialなどの活動がどこまで実を結ぶのかはわからないが,その活動がネットやメディアの耳目を集めているのは,ユーザーのニーズがあるためだ。Facebook,MySpace,LinkedIn,orkutと米国のSNSは現在,群雄割拠の状態にある。多くのユーザーが複数のSNSのアカウントを持つ。データを持ち運びたいという欲求は切実なものなのだろう。

内閣知財戦略推進会議がSaaSのロックインを警告

 日本でも,Webサービス,特にSaaSでのロックインに関する議論が政府によって行われている。

 2007年末にまとめられた 政府の知的財産戦略本部「知的財産による競争力強化専門調査会」の報告書では,ASPやSaaS(Software as a Service)などにおいて,ユーザーのデータを加工して生み出されたデータの帰属があいまいであるため,ユーザーがそれを引き出すことができず,ロックインが生じる可能性を指摘している。

 「ASPやSaaSにおいては、ユーザーが提供したデータをサービス提供事業者が処理した上で蓄積することとなる。この場合、当該処理を行うソフトウェアに係る著作権が侵害されるおそれがあることを理由に当該サービス提供事業者が他の事業者へのデータの移管を拒むことにより、ユーザーが特定のサービス提供事業者と固定的な取引を余儀なくされてしまうといった問題が生じている。(政府の知的財産戦略本部「知的財産による競争力強化専門調査会」の報告書「知財フロンティアの開拓に向けて」より引用)

 報告書は,「契約の雛型や知的財産の取扱いに関するガイドラインを早急に作成し、その普及を図る」ことが必要であると提言する。

 IT産業の歴史はこれまでロックインの歴史だった。プラットフォームの上に蓄積されたソフトウエアを他のプラットフォームに容易に移行できないことが障壁となり,デファクトを握ったベンダーの地位を守った。だが,ロックインにより対等な競争が実現されないことは市場を歪め,技術やサービスの進化を阻害する要因になる。

 ハードウエアによるロックインからユーザーを解き放ったのはオープンシステムと呼ばれるベンダーに依存しないアーキテクチャだった。そしてソフトウエアによるロックインという状況を変えようとしているのがオープンソースだ。しかし,現在もデスクトップOSでは,一社による寡占状況が続いている。オープンソース・ソフトウエア推進団体Open Source Initiative(OSI)会長のMichael Tiemann氏は「Webサービスでのデータによるロックインはあってはならない。オープンなデータ交換の標準が必要だ」と指摘する。

 我々は歴史に学び,望ましくない状況を繰り返さずに済むだろうか。