米携帯電話事業者のベライゾン・ワイヤレス(以下,ベライゾン)が携帯電話のオープン化計画を発表し,米通信業界を騒がせている(関連記事)。同社の携帯電話サービスは,端末やアプリケーションの両方を提供する垂直統合モデルを貫いていた。オープン化計画の発表により,この方針は大きく変わることとなった。米国ではグーグルがオープン化を旗印に携帯電話事業への参入を目論んでいるが,ベライゾンはこれを先取りして事業に取り込んだ格好だ。これは,ベライゾンからグーグルへの対抗策であると同時にラブコールともいえ,両者が提携する可能性も浮上。米通信業界は,ベライゾンとグーグルを軸に大きく動いて行きそうだ。

(日経コミュニケーション)

 米国第2位の携帯電話事業者であるベライゾン・ワイヤレス(以下,ベライゾン)は2007年11月27日,携帯電話端末とそれに搭載するソフトウエアのオープン化計画を発表した。同社の携帯電話サービス(CDMA2000方式)において,他社が提供する携帯電話端末やソフトウエアを利用できるオプションを2008年末までに提供する計画である。今回の発表は,同社の方針を180度転換するものとして業界では大きな驚きをもって受け止められている。

 ベライゾンは,これまで一貫して垂直統合型のアプローチを取ってきた。例えば,同社が提供する端末からしか携帯電話サービスを利用できなかった。ソフトウエアも同様で,ベライゾンが提供するものしか利用できなかった。モバイル・コンテンツに関しても,アクセスできるのは,いわゆる公式コンテンツへのアクセスに限定されているのに等しかった。

 というのも,ベライゾンの端末でURLを直接入力すれば一般のWebサイトへのアクセスは可能だが,現地のリサーチャーによると,端末の使い勝手や接続の安定性が決してよくはない。結果,公式サイト以外を利用する人はほとんどいないという。

オープン化からは最も遠い存在と見られていた

 ベライゾンはこれまで,米国の携帯電話大手4社のうち最もクローズド志向が強いとされてきた。上位2社のベライゾンとAT&Tモビリティがクローズド志向,下位2社のスプリント・ネクステルとT-モバイルUSAがオープン志向とされる。その中でも,ベライゾンは最もクローズド志向が強いと見られていた。

 例えば,米FCC(連邦通信委員会)が2008年1月に開催する700MHz帯周波数オークションの規則制定にあたり,米グーグルはネットワークのオープン化を実現する4条件(いわゆるオープン・アクセス条項)を要求した(関連記事)。FCCはこのうち2項目を一部帯域の利用条件としたが,これに強く反発していたのがベライゾンである。

 また,米アップルのiPhone採用を巡っても,ベライゾンはクローズド志向であることが強く印象付けられた。iPhone導入に当たっては,「iTunes Store」という携帯電話事業者以外のポータル・サイトへの優先アクセスが前提とされ,また端末開発もブランド戦略もアップル主導で行われた模様である。iPhoneを採用したAT&Tがこうした事業モデルを受け入れたのに対し,ベライゾンはこれらの条件を理由に採用を拒否したと報道された。

180度の路線転換も不透明な点も残る

 クローズド志向が極めて強いと見られてきたベライゾンだけに,小さな路線変更ではなく門戸(の一部であるが)を開くスタンスを見せたことに,驚いたという反応が最も多かった。現地報道を見る限り,基本的には歓迎のようである。

 インターネット市場で活躍するコンテンツ・プロバイダにとっては,ベライゾン網経由での自社コンテンツへのアクセスが期待できる。スプリント・ネクステルやオールテルといった,ベライゾンと同じCDMA2000方式を採用する携帯電話事業者のユーザーもメリットを享受できるかもしれない。現在利用している端末を買い換えることなく,ベライゾンへ乗り換え可能になるからだ。

 もっとも,依然として不透明な点も残っている。ベライゾンは,従来型の端末,ソフトウエアを自社提供するモデルを残す方針だ(ベライゾンは「フルサービス」と呼んでいる)。そして,ベライゾン以外が提供する端末,ソフトウエアを利用するサービスを「自前(bring-your-own)」と呼んで区別している。両者を同じ料金体系で利用できるとは明言していない。現地報道では「自前」の方に追加的な課金をするとの見方も出ている。

 どのような端末が「自前」の対象になるのかも不透明だ。同社は2008年早期に最低限のスペックを満たすための技術仕様を公表し,自社の研究機関(testing labs)で端末を試験し認証を行うとしている。同社は認証された端末上であらゆるアプリケーションの利用を許容するとしているが,その認証基準は明らかにしていない。仮に端末認証基準が厳しいものとなれば,ユーザーにとって今回のオープン化のメリットは極めて限定的なものになる。

 クローズド志向が強かった事業者だけに,本当にオープン化するのか疑いの目が向けられるのは避けられない。それでも,オープン化に向けて動き始めたのは確かなことだ。どの程度の本気なのかは,料金や認定端末が登場した段階で判明するだろう。

失うものは少なく,得るものは大きい決断

 そもそも,なぜベライゾンはオープン化に踏み切ったのか。ベライゾン・ワイヤレスのCEOは「一通信事業者として,端末とアプリケーションのイノベーションのペースについていけない,との結論に達した」と記者発表の席でコメントしている。ある面では,同社の本音の一端をあらわしているように見える。だが,これまで戦略的に既存ビジネスモデルを維持・発展させ,また政治力を発揮して業界の巨人として存在してきた同社である。果たしてこれだけの理由で今回の決定を下したのだろうか。

 米携帯電話市場の現状を見ると,ベライゾンの今回の決定は,同社にとってリスクが少なくかつメリットが大きい選択であったように思われる。まず,ベライゾンの事業上のリスクとしては,端末やアプリケーションで他社と差別化して加入者増と解約抑制を図る従来の戦略が,今回の方針転換により効果を期待できなくなる可能性がある。

 しかし,その戦略が生み出すメリットは,そもそもあまり大きくなかったと筆者は見ている。米国のモバイル・コンテンツ市場は日本に比べると未成熟で,ユーザーに訴求する材料になっているとは言い難いからだ。端末からアプリケーションまで通信事業者が主導する事業モデルは日本市場が成功例とされ,そのモデルの確立を目指した海外の通信事業者は少なくない。ベライゾンもそうした1社だ。だが,米国を含めて海外での成功例はあまり見られない。

 一方,ベライゾンが得るメリットは大きい。オープン化は,モバイル・データ通信市場が成長する起爆剤になりうる。ベライゾンの携帯電話網上でベライゾン以外の企業が自由に事業展開できるとなれば,インターネット市場で活躍するコンテンツ・プロバイダやアプリケーション・プロバイダの多くが,ベライゾン網上でのサービスに参入すると期待できる。携帯電話でデータ通信を使うユーザーが増えれば,ベライゾンは通信料収入を伸ばせる。また,オープンなスタンスをとってきた競合する携帯電話事業者から加入者を獲得できる可能性もある。